横浜は穏やかな1日でした。
大震災のあの日から、もう7年も経つなんて。

年中さんだった娘は、この春6年生。
かたや、同じ年格好で震災によって命を落としたお子さんも
たくさんいたはずです。
胸が痛みます。

ココにも散々書いたように、夫の次兄が石巻で被災し義兄は長男を
津波に奪われました。

遠く離れた横浜でもガソリンが枯渇したり、食料などの流通など
日々の暮らしに大きく支障が出て、不安に思うことがたくさんありました。

あの頃に思ったことがあります。
もし自分の住む場所で被災したら。
うちの家業は、真っ先に干上がる。
だって、日々の暮らしに必須なものではないから。

その時に思いました。
もしそうなったら速攻で、自分が求められる場所に移動するんだろうな…
日本を離れて、自分の技術が受け入れられる場所へ行くんだろうな。

先日、ウェブサイトに掲載したメッセージを書いている時に、
自分の仕事は世の中にいらない仕事、の話から夫に尋ねてみました。
やっぱり私の思っていたことはその通り。

どこにいても、一生懸命生きるだけ。
生きているだけで尊い。
それを思い出すのが、今日。

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