年の瀬が近づくと、この6年ほどは体調管理にピリピリしていました。

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娘が小学校に上がる年の春浅い頃に義母と同居を始めました。
認知症を患っていたので、自分で自分らしい毎日を送ることはできなくなっていました。
ですから代わって私が、彼女の生活のリズムの管理をするようになりました。
家業もあり小学生の子どももいますから、介護保険の点数を目一杯使って
介護のサービスを利用していました。

驚くほどの健脚だった彼女にとって『歩けること』は最後の砦と考え、当然本人は
わかっていませんでしたがイベント盛りだくさんのデイサービスで、ウィークデイは
ほぼお世話になりました。
店のなりゆきで帰宅時間が読めない週末は、泊まりでお世話になり介護者側の暮らしを
保っていました。

小学生は、感染する病気の輸入元。
殊寒い季節はインフルエンザやウイルス系の感冒には神経を使いました。
食事は悉く別に出すようにして、やったりとったりを極力防ぐようにしました。
食事の時間は会話をする数少ない機会=刺激 なのですが、会話はとうに
成り立たなくなっており、自分の食べ終えたお皿を見て誰かが食べた空の皿を
早く下げて自分のを…という発言や、私が向かいで食べているのを見ては
自分にはくれないのか?と言うようになったり…(すごいスピードで食べるので…)
不穏になるスイッチをなるべく無くしたかったので、食事は別/終わったら速攻下げるを
心がけました。
目の前にあるからふと何か思って不穏になったり、予測不能のアクションに転じて
しまったりするので、とにかく私は家の中で『先回りの介護』に徹しました。
起きなくていいことは起きない方がいい、というのが軸の考え方です。

その弊害として、ずいぶんいろいろなものを取り上げてしまったのは事実です。

老人バス券が手元にあるからバスに乗ることを思い出す → バス券回収
お財布があるから買い物に行かなくちゃと思う → 財布回収
食べ物を部屋へ持って行きしまいこむ → 台所 / ダイニングに一切食べ物が見えない
(どれだけ食べてるか=こちらで出す分しか食べてない 口へ運ぶ量の管理もできました)

でも最後の砦、歩くことは最後まで通してもらいました。
介護度が上がり施設に入れるまで、在宅である限り歩いてもらわないと困るという
こちらの都合もありましたが、外で過ごす方が明らかに性に合っているので
覚えていてもいなくても、そうやって過ごしてもらいたいと考えました。

結果、やっと入れた特別養護老人ホームで歩かなくなってから、亡くなるまで
実にたったの3ヶ月。
もちろん「歩かなくなったから」という理由だけではありませんが一因ではあると、
ずっと家で見ていた家族は思っています。
特養の方針にしのごの言っているわけではありません。
歩かせないであろうことは施設の現状で薄々わかってはいましたし、了承もしてました。
95歳という年齢ひとつとっても…

在宅で看ていた頃にお世話になっていた施設(デイ・ショート)では、仕事とはいえ
手厚いサポートをいただきました。
そのサービスを受けるには、体調が安定していないといけません。
彼女は健脚なだけでなく、85歳を過ぎるまで持病らしい持病がなく主治医も茶飲み
友達的な町医者しかおらず、介護認定を受ける際の医師意見書を書いてもらうのに
難儀したくらいです。
出かけてサービスを利用することも多いので、風邪をもらってくることも少なくなく
引きずらないように、寝こませないように(四肢が一気に弱ります)苦慮しました。
年末年始、それと我が家の盆暮れ正月的行事である秋の(ラリー参戦の為の)渡英の
前には、それはそれは気を遣いました。
安定した体調で出かけてもらわないと、困るので…
留守中に何かあって連絡もらっても対応できないので、渡英中の連絡先は夫の姉に
してありましたから、そこへ連絡がいくことがないように…

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去年の冬まではこんな風に、薄氷を踏むような思いで暮れ前の日々を過ごしてました。
家の中で不測の事態が起こることも一切なくなり、おかげさまで夜はゆっくり
休むことがでいています。

誰にでも訪れる晩年。
縁あって夫の母の晩年にがっぷり四つで立ち会うことになり、いろんな勉強をしました。
介護の現場も垣間見、世の中の仕組みの歪みや矛盾を感じることもありました。

生きているだけで尊いのに。

ショートステイの施設のそばを通れば「あぁ、おばあちゃん」と必ず思うし、
日常の中の何気ないワンシーンに義母を未だに思い出します。
例えばお手洗いでペーパーを手繰り寄せるシーン。
自分以外の『所作』を見ることは、普通に暮らしていてまずないですよね。
認知がどんどん進んでも、『所作』は毎回寸分違わない…
ペーパーを手繰る回数は必ず同じ。
おかげさまで彼女が旅立ってから、自分が用を足してペーパーを手繰る度に、
「あぁ、おばあちゃん」と思うようになってしまっていました。

やれやれ。

でもそういうフラッシュバック的な瞬間瞬間を除けば、人のメカニズムは
よくしたもので思い出そうとしない限り、どんどん記憶は薄れていきます。
とはいうもののまだ日が浅いので、人と話していてどんなことがあった…と
話し出すと、出るわ出るわ(笑)

今年の年末年始は、そういう意味ではピリピリしてません。
お店は常にピリピリですが…

年内は28日までの営業です。
流感もちらほら聞こえているので、みなさま体調にはくれぐれもお気をつけて。

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