遅起き。

それと、夫が家の車を洗車。

散歩。

娘が学校で鎌倉への遠足で通った、『朝夷奈切り通し』へ。
遠足後、娘の道案内でこの切り通しを歩こうと約束していました。
この道は、当時の六浦津と鎌倉とを結ぶ重要路として作られたと伝わります。
塩の産地であった六浦、加えて主要な船が入港する港。
塩をはじめとする物資がこの道を通って、幕府のある鎌倉へ運ばれました。

上は高速道路、でもちゃんと残ってます…高速道路がぶった切ったりはしてません。

古い道は道を守る道傍の神様がたくさんお祀りされています。
道禄神…道祖神と同じみたいです。
通る人の安全を何百年も見守ってくれています。

我々とは反対側、鎌倉側から歩いてきた親子とすれ違いました。
こんにちはと声をかけ合うのは山歩きの心温まる慣習ですが、今日この親子は
「あけましておめでとうございます!」と声をかけてくれました。

切り通しを通る度、人の力を思い知らされます。

分かれ道に出ました。
左へ行けば、鎌倉の艮(うしとら)の鬼門を守るとされる熊野神社。
我々は塩の道を鎌倉へ進みます。

ここには摩崖仏(まがいぶつ)。
いつ掘られたものなんでしょうね…

この先はヌタヌタの難所(?)です。

一般道に出ました。
バス停の名前にもなっている太刀洗水(たちあらいみず)は、ココがオリジナル。
梶原景時が、御家人上総介広常を暗殺したのち、刀を洗ったと伝わる湧水です。

道すがら、まだまだこういう家並みも残っています。

娘のおススメポイント、光触寺にきました。
塩嘗(しおなめ)地蔵と呼ばれるお地蔵様がいるそうで。

塩の通う道であった六浦道。
六浦の塩売りが、朝比奈峠を超えて鎌倉に来る度に塩をお供えしたといいます。
鎌倉の帰りには、きまってその塩はなくなっていたと伝えられ、その逸話から『塩なめ地蔵』と
言われるようになったんだとか。

ひなびたお寺ですが、趣のあるお寺さんでした。

もう少し歩いて、日没も近かったので帰りはバスで自宅そばまで戻りました。
運動不足解消には遠く及びませんが、暴飲暴食の助けにはなることでしょう。

晩はお雑煮と有頭エビを塩焼きにして、あとは頂き物の口が曲がりそうなステーキを
頂く予定です…またしても暴飲暴食。

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