いろんなきもち

店主こと、私より少し(怒るかな)年下。
若い頃からずっと、グレイスでミニをお世話してきました。
結婚して、お子さんが生まれ、仕事も続け…その間もずっとミニが暮らしの供。
通勤も、子育ても、レジャーも。
あと数年で、定年。
今のミニは2台目、今のうちに『上がりのミニ』の支度を始めます。
(画像はイメージです)

他の車には、乗る気にならないそうです。
そうおっしゃるお客様は、かなり多いです。
そして皆さん口を揃えて

「ま、ココ(グレイス)がなけりゃ、そんなの無理だったけどね」

お世話する側としては、冥利に尽きます。
更に精進…更に探求…


さて。
悩んだ末に色もやっと決まって、いよいよ着手します。
今回の計画は、実はお客様のお父様も楽しみにしておられると聞いていました。
独身の頃からずっとミニですから、元気に仕事へ通う娘さんを見ておられたんでしょう。
ですが、残念なことに昨年の暮れ、亡くなられたんだそうです。

グレイスでお世話する車たちは、今ドキの車たちとは違って、いろんな気持ちがこもります。
今ドキの車だって魅力たっぷりなんでしょうが、性質が違います。

どうしたらいいかなぁ、こうしたらどうだろう…
情報が溢れる中で、理に適(かな)っていないものも独り歩きしています。
思いが余って、溢れる情報に溺れかねない。

車を長持ちさせる
車の尊厳 / アイデンティティを保つ ← 倫理観
オーナーの使い方に沿う
時代にも沿う

グレイスは車が一番です。
オーナーは…申し訳ありませんが二番です。
車の為に、最良の道を示してそのように車両を整えます。
時代に沿うため、倫理観をもって車をお世話するため、テクノロジーの探求も忘れません。

あの後、組んで

昨日、あれから足廻りを組んで帰宅しました。

***

再来週に迫った,新城ラリー2022 に一緒に出るクラブ員のミニがラリー前整備で日帰り入庫。
2018年に我々が全日本に出るようになって、そこで我々を見て訪ねてきた地元新城の人。
ミニでラリーがやりたい!と訪ねてきた人です。

もう補強済みですよ

クラブ員の若手が乗る、ラリー車1台製作中。
ボディが塗りあがったので、足廻りの支度をします。
組んで、ボディワークへ持ち込んで、取り付けて、こちらへ連れ帰ります。

競技車ですから、サブフレームの補強等も既に施してあります。

ひとまず、かかった

新規登録前に配線交換した Fiat595 Abarth 。
よーしエンジンかかりました。


***
早いなぁ…もう3月です。
ウクライナへの侵攻、もう5日目になりますが時々刻々と状況は変化しています。
各国からの制裁の発動は、次々と容赦なくロシアに襲いかかっています。
イギリスをはじめ欧米諸国がロシアに対し、領空閉鎖を言い渡している中…

部品の調達の殆どをヨーロッパから直接しているグレイスとしては、長引けば長引くほど
影響が出かねない状況です。
日数はともかく、航空運賃にも響くんだろうか…

私自身、アンカレッジ経由でロンドンへ飛んだことはありません。
1960年代に航空士(だったかな?)で北極点を通る北周りのルートでロンドンへフライト
していた方から、その昔の話を聞いたことがあるくらい。
初渡英の1989年は、ブリティッシュエアウェイズによるロンドン直航便が就航したての頃。
少し高かったけど、もちろん直行便で行きました。

自分的にはちょっと前のことのようだけど、ずいぶん時間が経ってその間に世界地図も
いろいろ変わり。
そしてここへきてパンデミックで物流がガタガタになった後、なおも状況が変化。
石油の動向も気になるところです。

祥月命日

昨年もココで書いたんですが、飛んじゃったので…

店主こと私の、父は53年前に亡くなりました。
大雪になったその日、みまかる間際に父は「鰻が食べたい」と言いました。
大慌てで病室に出前を手配するも間に合わず。
年の離れた兄たちは、「供養だからお前が食え」といい、言われるままに9歳の私は
届いた鰻を食べました。

実はそれ以降、私は大人になるまで鰻を受け付けられなくなりました。
父に連れられて下町の鰻屋によく行きました、好物だったのに。
20代の後半だったか…仕事がらみの寄り合いが鰻屋さんにセッティングされ、
イヤ参ったと思いながら口に運んだら…何も起きませんでした。
20年近く経って、今際の際に食べそびれた鰻うらめしや…
まぁ一人前になったかねぇ、ってことでお許しが出たんでしょうか。


祥月命日には、鰻を陰膳に用意して自分らも相伴してきました。
が、近所の馴染みの鰻屋がパンデミックで店を閉じてしまい、昨年からは鰻屋さんへ行って
食べてくるようになりました。

江戸の時代から、金沢八景あたりは中心から少し離れた行楽地/景勝地でした。
もうすっかり寂れましたが、料亭や旅館があり賑わいを見せていました。
伊藤博文が明治憲法を編纂したのも、このあたりにあった別荘でした。

なぜか旧街道沿いに鰻屋が4件もあって、そのうちの1件 伊藤博文も気に入って通った
という『鰻松』へ。
去年もお雛様が飾られていましたっけ。
もう1年経ったんだなぁ…何事もなく今年も来られた。

去年同様、女房殿は酢の物を注文。
鮭と食用菊かな…を大根で巻いたもの、海老、帆立、小肌、蓮根、わかめ、胡瓜、もずく
程よい甘酢で今年もシビれていました笑

そしてもちろん鰻はふわっふわ。
山椒は2色、普通のに加えて『ぶどう山椒』を挽いたものもあって。
強い刺激と辛みが特徴、香りも強めです。
お店の注意書きによると、鰻が負けちゃうので鰻ではなくご飯にかけて召し上がれ、と。


先に逝った人を思い、今に感謝する。
私は晩年の子だったので、父は私が9歳の時に逝ってしまいました。
当然、父を知らない女房殿と娘とを伴って、在りし日の話をする…温かい気持ちになりました。

このお店ヘは、来年のこの頃にまた。

だいぶ陽が伸びました

2月も終わろうとしていますが、だいぶ陽が伸びましたね。
3月の下旬には春分(昼/夜の長さが同じ)を迎えますからさもありなんですが。

暖かさも感じる工場では、三人三様。
店主は Fiat 595 Abarth の配線交換

グルメメカは車検整備
おや、手前にはキレイ担当。

オリジナルのステアリングハンドルをリフレッシュしています。
丁寧に研いでいます。

どうせやるんだから

40年も50年も経ってる配線を、そのままにはできません。
いろいろ手を加える計画ですが、その前に配線を取り替えます。
追加する計器も決めてあるので、その分の配線も今のうちに仕度しておこう。

仮にエンジンに手を加えても配線そのまんまでは、せっかく出ているであろう出力も満足に引き出せない。
配線大事ですよ…
かーなーりー 効果を実感できます。

オリジナルを

オーストラリアから渡ってきたトラベラーの、オリジナルのグリルをメッキに出します。
かなり下処理が大変でしたが、どうにかここまできました。

昨今はメッキも、環境との兼ね合いもあり施してくれるところも限られてきています。
需要と供給とのバランスもあり、値も張ります。
でも、オーナーは『メッキかける!』と決断。
いい仕事がまた1つ、残ります。