セカンドオピニオン大事よ

セカンドオピニオン

現在診察を受けている担当医とは別に、違う医療機関の医者に診てもらい意見を求める。
症状や治療方法について、主治医以外の意見を聞き、参考にすることです。

例えば症状があったとして、主治医に診せて快方に向かえばいいんですが。
いつまでもスッキリしない、医者に通っても改善しない…そんな時、

「ずっと診てもらってるから」
「データがみんなあるし」
「悪いじゃん…」

変化を嫌う日本人の気質も手伝って、医者を変えてみるというのがなーかなかできない。
長兄が頑なまでに地域の総合病院にこだわった結果、疾病を見逃し残念ながら車椅子の生活に。
あんまり改善しないしむしろあれこれ出てくる始末で、私がずっとセカンドオピニオンをと声をかけて
たんですが…
年齢が年齢なのでやはり「例の」日本人の気質が邪魔をして、首を縦に振るまでにだいぶ時間を
要してしまい、やっとその気になってきてじゃぁ G.W. 明けたら行ってみっか〜
G.W. の入り端で腰下に痺れが来て、立てなくなりました。
どんなに恨み節を言っても、改善しない中その病院に通い詰めたのは自分であって、自分の決断。
相手の未熟さに噛み付いても、そこを選んで通い続けた自分がマズかったわけで。

***

車にもまったく同じことが言えます。
不具合があって、何度出しても改善しない…
そこで車屋は得意のキメ台詞を言う(お客様の証言です)。

「ミニはこんなもんですよ」

ちーがーいーまーすー 笑
どれだけいるかな、よそでいくらやっても直らないってくる車たち。
まず電話が来て症状を伺うんですが、そんな難儀するようなことかねぇ〜って思いながら
いざ入庫。
ガレージに入ってくるその音で、

あ〜ハイハイきっとあそこの調子が悪いんだね

オーナーが何年も困ってたことを、数分で発見、数十分で解消…
そんな事例、どれだけあったか知れません。
年単位で直らないって、何だよ…素人かよオイ。

早く来ればよかった…皆そう仰いますが、気付いた時がその時。
その時にスパっと切り替えられれば、きっとどうにかなります。
車も、オーナーの台所事情も。
このご時世の貴重な収入を、効果が得られない改善されない修理の支払いに充てるなんて、こんな
ナンセンスなことはありません。
いやぁやってもらったし…と言って払ってしまったら、容認したということ。
No と言えない日本人では、いつまでたっても車は良くなりません。

車の世界に於いても、セカンドオピニオンは悪いことではないと思います。
例えば我々のサービスに不足や不満があったら、よそを訪ねてもらっていいと思ってます。
我々は、いつどこで誰に(エンジンやボディを)開けられても恥ずかしくないように、心がけてます。
慢性人手不足でお待たせしてしまうことはあるかもしれません…申し訳ないことですが手作業なので
「遅い」ことを批判されてしまうと大変心苦しいのですが、それでも部品のストックを充実して
お待たせしない努力はしているつもりです。

もしグレイスのサービスが気になって、グレイスのミニが気になってココを覗いている方がおいでなら…
もしご自分の車の不調にずっと悩んでいたら…
是非遠慮なくお出かけください。

ココにある車に乗ってみるもよし
作業をじーっとご覧になるもよし
ご自分の車の不調を相談するもよし

グレイスは月曜定休です笑


まぁいないだろうけど、車が触ってみたくて仕方がない若い子も。
もし居たら、遊びにおいで。
イタリアンレストランの下積みは、一日中トマトの皮むき。
一日中、何かを触らせてあげる。
部品の洗浄とか、それを使えるように下組みするとか…いくらでも。
レストランではまかないでその店の味を覚え、まかないを任されるようになり、だんだんと覚える。
それと一緒、技は見て覚える/盗んで覚えるもの。
質問できる人が、若いのと初老と…一緒に仕事しよう。

家族の想いと、現実と

施設でお世話になっている夫の兄の、通院に定期的に付き添っています。

***
飛んじゃったブログに時折書いていましたが、飛んじゃったので…ざっとふりかえり。
まぁいろんなことがありましたが、不思議なもので辛かったりキツかったりしたことを人は忘れて
いきます。
うまくできてますよね笑


もう4年?5年?になりますが、夫の母を在宅で7年ほど看て、送りました。
もちろん通所サービスは Max でお世話になって、「素人が環境の整わない場所で介護する」たぶん
限界に近いところまでやったと思います(自画自賛)。
許容を超えた事象が立て続けに数件発生、直訴( 区分変更=介護度見直しを期間の満了を待たず
申し出て検討を求める )して介護度まさかの飛び級、特養入所、のちわずか3か月で旅立ちました。

「老い」は、100人居れば100通りなので、私たちが経験して垣間見たことはごくごく一部です。
ただ、主に通所でしたが実にいろんな人に助けてもらってきた経緯があるので、現場のこと
とか、
少しはわかるつもりです。

家族(素人)の想い/思い入れ
現場(プロ)の感覚・知識・体制(都合と言っていいのかな)

老いに向き合うことは、育てることとは真逆。
私はそう思って携わってきました。
我が家の事情で、介護者と子育て 両方同時進行でした。
私は、

介護者としては若手
子育て(あんまりこの表現好きじゃないんだけど)世代としてはやや年をくっていました。

対照的だと気付いたのも、同時進行だったから。
早い話が子育ての逆をしました…『先まわり』です。
子が何かをできるようになるには、ぐっとこらえて見守ってガマン というシーンが多い。
でも介護は逆、常に日々の行動パターンをベースに頭を使って先まわり!そうすることで

物事がスムーズにはかどり
事故が防げるケースが多く
本人も不穏になりにくく
結果、介護者(私や夫)の負担が減りました。

よく、お世話になってる事業所の方たちからは『同業者』と間違えられました笑
本人の様子を表現するときに玄人が使っている医療 / 福祉系用語を、その場でなるべく覚えて
こちらが伝えたい時に使えるように心がけました。
そうすれば、端的に状況が伝えられるから。
とにかく状況把握と共有が肝。
割と必死でしたが、細かいことは忘れちゃった。


義母の時とは違い、割と厄介な疾病を抱えて(落ち着いてますが)施設でお世話になっている義兄。
車椅子の生活をしていますが、最近リハビリ全然熱心じゃないみたい。
気持ちがいいからマッサージしてくれよ〜、って流れになることが多いようです。
入所した頃は病気発覚、歩けなくなって、自宅で暮らせなくなった…と矢継ぎ早に生活に激変が。
当時の目標が本人曰く『脱走』だったので、リハビリにも勤しみトイレなど自分で行けるように
なったのですが、ここのところまったり。
加齢もある
老化もある
意欲の低下もある(新聞とかもう全く読んでない)
今のすみかがしっくりきてる
おトイレも勝手に行かずに呼んでくれるので、施設としては安心安全 ❤︎(前は勝手に行ってた)

施設としてはお通じとか把握しやすいし諸々助かってるけど…
いわゆる体幹が落ちてきてるようで、医師が背中に聴診器をあてるのに気持ち背中を背もたれから
浮かせるだけでめっちゃプルプルしてるような現状…
車椅子に座っているのもキツくなるんじゃぁ…

そうなると、出かけることもままならなくなる。
コロナが落ち着いてきたから(と思ったらまた爆発してるけど),かつてプラプラしてた銀座へ連れて
行こうかなぁ涼しくなったら、なんて思ってるけど。
先を思うと、家族としてはどうにか保って欲しいと思うけど、でも…
施設で静かに過ごしているのがしっくりきてるなら、無用なリスクをわざわざ冒すこともないのかな
と思ったり。
ムチくれて無理やり頑張らせて、本人本意ではなくて気分悪くするようなことも困るし。
穏やかに毎日遅れてるなら、ゆるやかに衰えが進むのも自然なことかなと思ったり。
少なくともこれまで本人の希望に沿って、リハビリが計画/実践されてきたのは感謝しかありません。
本人の『脱走』希望、歩けるようにとの希望が強ければリハビリは盛んに行われて筋力が伴った。
現在は『意欲の低下』や『今の環境への満足感』から、本人に脱走の意思も計画もなし。
従ってリハビリは積極的に行っておらず、結果体幹が弱ってきた。
現場で本人の意思が尊重され、それがコンディションに反映していることがわかります。
サービス料を払っているので、然るべきサービスを受けられるのは当然とはいえ、手厚いケアに
ホントに足を向けて寝られません。

昨日の外来付き添いを受けて、今日改めて事務方の生活を管轄して下さってる相談員さんに、
今まで通り、理学療法士さんには本人の意思に沿う形で願わくば保てるような環境をとお願いしました。
想いと、現実と。
静かに横たわる現実を、見逃さないようにしないと。

再利用、意外といい雰囲気よ

Amazon とか、海外からの小包とか、よく隙間埋めに紙が入ってきますよね。
アレ、グレイスでは捨てるの原則禁止です。
シワを伸ばして、私がスタンプを押してリメイク、再利用しています。
(こんなことばっかやってるんです…)

適度のシワ感が味わいを醸し出し(笑)、庭の花を束ねるにも真面目にラッピングしてリボンをかけ
ても、いい雰囲気になります。
袋に仕立てておいたりもします。
お店で毎年作っている、お年賀状や車検案内のご案内に使うハガキを、名刺代わりにパックにして
初めてのお客様に渡したりしてるんですが、ハガキを入れてるのも再利用の紙で作った袋。

お手製の封筒、大きさも紙も自在。

子どもの学校絡みで
『数百円の集金』
とか

亡くなった義母のデイサービスでかかる実費
『散髪代』
『おやつサークル材料費』
『切り絵サークル材料費』
など。

売ってる封筒じゃもったいないし(ケチ?)、むき出しは失礼だし、小洒落た小袋に入ってりゃ
怒涛のような勤務の合間に、フっと心も和むかなぁ、とか。(そんなことないか…)
自分の好みもあるので、雑誌のキレイな写真の部分とか、化粧品屋さんの DM の写真部分とかを
切り刻んでは、三つ折りにしたお札や500円玉が収まる封筒を手作りしてました。


ちょっと話はそれますが…
介護の現場って、どんな事業所でもある意味壮絶。
一番ライトなサービスは通所介護(デイサービス)あたりだと思うんですが、日中平穏に安全に
過ごす、たったそれだけのことでも素人が家でできることはいろいろ限られているので、食事と入浴
を安心安全にできてレクレーションやサークル活動なども参加できるデイは、在宅で介護してる人
にとって神。
介護する側、家族の生活…もっと言えば人生が、ちゃんと回ります。
時間のやりくりだったり
必要な用事をちゃんとこなせたり
ホっとひと息つかせてもらったり(←キレイごとでなくて、コレ必要)

介護は原則ずっと続くものではないけど、でも介護者の人生も同時進行。
そこを助けてくれるプロの存在は、とても心強いものでした。
彼らにとっては『業務』だからあたりまえのことなんだけど…それでも。
状況を理解してくれて、皆の毎日が穏やかにまわるように手を差し伸べてくれました。
どれだけありがたかったかしれません。

…紙をリメイクする話から、だいぶ話が脱線しました。
時間があんまりなくても、追い立てられるような毎日でも、自分らしくあるのって私にとっては
こういう些細なこと、なんです。
労力傾けすぎ、と思われようが海外へのクリスマスカードは自作するし…
この話はまた、いずれ。
何たって、ウェブサイトすっ飛んじゃったので笑

尊い時間

日曜日は従業員さん(グルメメカ)の奥さんが、拙宅で手前味噌を作る日でした。
去年、お裾分けしたところ大変喜んでもらえたようで、

「自分でお味噌作れたら最強ですよね!」

お子さんは1歳4ヶ月、卒乳 ➡︎ 離乳食も終了 とすくすく育っています。
体は食べたものでできているので(しつこい?)、原材料がハッキリわかっているものは
安心です。

午前中、ママはお仕事ですので午前中は拙宅でお子さんを預かって…
娘はこの家で幼児期を過ごしていない(小学校入学の2か月前に引っ越した)ので、この家で
ヨチヨチタッタカ歩く子どもの姿は新鮮。
娘が1歳から座ってきて、4年生?の時にリペイントした子供用の木製の椅子がちょうど
塩梅よくて、そこへ座ってお昼を食べます。
(こっそり撮影笑)

普段は週イチで店へ来ていますので、拙宅はいつもとは違う環境。
手の届くところに触れるものがいっぱい❤︎
手当たり次第にアプローチします。
思いがけない動作+偶然で、つまんないケガをしちゃぁ大変。
とはいえ体が想像以上に柔らかいのでうまいこと転ぶし、少々のケガは代謝がいいので
あっという間に治っちゃうけど。
自分の娘の時もそうでしたが、ダメダメいうのは努めてしませんでした。
簡単なんですけどでもそれじゃ、理由が伝わらない。
大事なのはどうしてダメなのか、そこです。
ケガにつながるから、人が嫌がるから…理由はいろいろ。
ただ、そこを伝えないと

ダメって怒られるからしちゃいけない

言われたことはやる

自分で考えなくなる

言われないからいいんだ

言ってくれないんだもん(人のせい)

例えばお子さんに向かって
「ホラ叱られるよ!」
って言ってる親御さん。
それって人は叱るけど親は叱らないレベルなの?
モヤモヤします。
そうじゃないじゃん。
なんで叱られるのか、それを伝えないと次また同じような場面に遭遇した時、その子は
考えず、自分で判断して行動できない。
この例え話から推測するに、
「家ならいいけどお外ではお行儀悪いよ」
そういうことなら、ちゃんと伝えないと。
小さい子でも、伝えれば理解します。
言って聞かせることをしていれば、聞ける子になります。

***
この家に移り住んだのは、介護の必要が生じた義母と同居する為です。
介護は子育てと真逆で、事故が起きないことがすべて。
彼女はアルツハイマー型の認知症でしたので、言って聞かせても効果はありません。
むしろ繰り返し言うことで、新たに記憶することは難しいのに『負の感情』だけは
蓄積するのです…メカニズムがサッパリわかりません笑。
環境が万全でないところ(自宅)で素人(家族)が介護『のようなもの』をするので、
どんな小さな事故でも、起きないことが一番です。
そのために、行動を読み先回りして、ひたすら事故予防に努めました。
残念ながらそれ自体は始まってしまっていたので、それ自体の予防ではなくあくまでも
『事故予防』。
工夫のせいか事業所のスタッフさんに、同業と間違えられることもしばしば。
義母が亡くなって、ずっとお世話になってた通所の事業所へ挨拶に伺ったら、スカウト
された位。
介護者として若かったこともありますが、面会に施設へ行っても入居者さんから新入りの
スタッフに間違えられることすらありました。

「見ない顔ね〜頑張んのよ!」
「はじめまして〜お名前なんておっしゃるの?」

調子いいもんです笑

***
この家で同居を始めてから娘は丸6年間、健康状態に問題があるお年寄りと過ごしました。
仕方ない高齢で脳が壊れちゃっただけのことです。
生活を共にすることで、功罪入りまじりの感は否めませんが貴重な経験をたくさんしました。
急に大きな声を出しただけだって、ビックリしてつまづいちゃうこともある…
それで骨折でもしたら、文字通り命取り。
お風呂に一緒に入ったら、自分でできるのに「洗ってあげよっか?」何回も何回も繰り返し
尋ねられて湯上り開口一番、「もう一緒に入りたくない…」
そんなことも、一緒に暮らしてないとわからない、たまに訪ねて行って「元気そうだね!」
じゃ、ぜーんぜん実態はわからない。
とっさの時には、たくさん助けてもらいました。
普段の私や夫の様子を見ているので、小さいながらに心得があるんですよね。
エグい思いもいっぱいさせちゃったけど…
私がカリカリして、イヤな思いもさせてしまったこともありました。

でも子どもが家の中にいると、ある程度まではお年寄りも心和んでた印象です。
伸びゆく命と、去り行く命。
家の中で交わることは、めっきり減っちゃいましたね。
尊い時間でした。