「区切り」つづき

夫が福祉車両専門店へ、4年弱お世話になったリフト付きワンボックスを『返しに』行ってきました。
専門店に戻せば、使いたい人が必ずいるはずです。
お店に電話で相談した時と同様、お店の人は恐縮しきり…加えて販売時よりキレイになって帰ってきた
んじゃないかと驚きを隠せない様子だったといいます。
だってボディは2回ほど磨いたし、白内障(笑)もレンズ交換したし。
洗車機でしたけど、普段からこまめに掃除していました。

「 “捨てない” のが自分の生業だから、当たり前のことです。」

と夫は話したそうですが、お店の方曰くこんな風に車が戻ってきたのは初めてなんだそうです。
みんな廃車しちゃうの?
そこいらの中古車屋に渡したところで、活かせないと思うけど…


さて、suica を渡しそびれて帰宅の道中を心配していた私ですが、無事帰ってきたものの…

クセで領収証を発行したまでは良かったのですが(要らないけど笑)、乗車券とそっくりのソレを
自動改札機に通そうとしてゲートが開かず(そりゃそうだ)、結局駅員さんのご厄介になったそうで。
肝心の乗車券は、券売機前にひらり落っこっていたそうです…

区切り

昨年のまだ暑かった頃、義兄がこの世を去りました。
多発性骨髄腫の発見が遅れて車椅子の生活になって以来、蕨の自宅で暮らすことは難しくなり、
川口の施設へ入所 → 通院は私が担いました。
施設が金庫保管するような神経質な薬を使っていたので、原則2週に1回、外来での経過観察が
必要でした。
数値に疑問があれば投薬はすぐ中止、翌週また受診して経過を確認…となると体調が安定するまで
毎週のように通っていました。

あれだけ自由にフラフラしていた人が、弟(夫)の海外競技出場にも同行して楽しんでいた人が、
ある日を境に歩けなくなった…多くは語らない人でしたが思うところは当然あったでしょう。
感染症の蔓延も手伝って、弱ったところを見られず済んだのはせめてもの慰みだったかもしれない、
そんな風に思っていました。

そんな通院に毎度使っていたのが、ワンボックス。
リヤゲートを開けるとスロープがたたまれていて、出し入れに合わせて後部の車高が上下するいわゆる
福祉車両でした。
義兄がもう歩けない=運転できない とわかった瞬間にそれまで乗っていた車は速攻処分
して、
購入したものです。
福祉事業所が通所の送迎等に使っていたリース車両で、リースアップに伴い放出されたもの。
通所の送迎ですから、走行距離はたかが知れています。
福祉車両の専門店に相談して、選びました。


そしてお役御免となったこのワンボックス。
「手元に残す」という選択肢もなくはなかったのですが、前述の通りリフトが付いているので重い。
それと当然ですが車椅子が2台まで固定できる作りになっているので、室内に広大な空間があります。
自転車が趣味の人なら、塩梅いいレジャーの車となり得るかもしれないけど…
処分することにしました。
夫にしても私にしても、離れてはいたけど割と全力で向き合ってきた4年間だったので、この車は
ある意味思い入れが強くなっていましたが、でも。
家族ががっぷり四つで関わる介護をするにはこういう車は必須。
我々が持っているより専門店へ戻して、そういう家族の元へ渡るなら。
(車屋が持ってたんだから、整備はちゃんとしてるしね笑)
そう思って、買った店へ夫が電話しました。

担当者はやや驚いていたようだった、と夫の談。
「買い取りとかは厳しいんですよ…」
そんなことを求めてるわけではないことを伝え(こちらが業者である事も承知)、十分使えるから
次、どこかで役に立てばと思って戻そうと思っていることを告げ。
委任状・譲渡証明書に捺印したものと一緒に持ち込みたい、と申し入れました。
先方は恐縮しきり、話はまとまって今日、午後にも持ち込む予定です。
…というのも、今日は義兄の上(夫の一番上の姉)の外来付き添いの日。
巣鴨の自宅へ迎えに行き、広尾の日赤で受診→送り届けるのがルーティーン。
今日はそこから、福祉車両専門店(埼玉県北本市)まで足を伸ばして車を置いてきます。

朝、見送る側も見送られる側も、ちょっとしんみり。
家の中でまた一つ、区切りがつく…そんな朝でした。

ところで、帰り電車なんだけど…大丈夫かしら。
(湘南新宿ラインで大船まで1本だから、さすがにヘーキか笑)

いけない!
suica を持たせるのを忘れました…切符買えるかな。

「つなぐ」仕事

昨日は日中、家族の用件で他出していました。
巣鴨で独居の姉(88歳)の「元気なうちに姪や甥と会っておきたい」というたっての希望で、招集を
かけ(笑)、東京駅八重洲口から徒歩4分のホテルのレストランで膳を囲みました。

遠くは大阪、長野から駆けつけてくれました。
SNS などの手軽なツールが溢れ、電話で話すことすら少なくなってきた昨今、

「わざわざ」会う

すごくいい会でした。
姉は家で過ごすことが多く殆ど出かけないので、出先では自宅にいるときのような「すぐ横になる」
ことができず少々疲れたようですが、そんなの忘れてしまうほどに10人ほどで会って美味しく楽しく
過ごした時間は、彼女を元気にしました。
家族があって、今の自分があります。
虫がわく、といいますがその虫だって、理由(種)がなければそこにはわきません。
己がそこにあるのには、脈々と繋がってきた命の奇跡があるんです。
それを感謝できる、昨日はそんな会でした。

いわゆる食事会、肩肘張らずに出かけましたが女房殿は姉から譲り受けた着物で出かけました。
当日になってしつけ糸抜いてた…笑
まだ姉が仕事をしていた頃に作ったものですから、おそらく今の女房殿と同じくらいの年恰好の頃
作った着物でしょう。
姉は小さい人ですが、呉服屋さんに

「自分の着丈で作っちゃったら、誰も貰ってくれないよ!」

と忠告され、褄下こそ彼女のサイズですが、着丈も裄も不思議と気持〜ち短い程度。
クリーム地に毘沙門亀甲ベースの大島紬、米寿を口実に集まってもらったので何ともお誂え向き。
帯は私の母が締めていた名古屋帯を合わせて、朱の帯締めと金茶の帯揚げ(情報提供:女房殿)で
譲り受け三昧の装いが出来上がりました。

毘沙門天…七福神の一神に数えられ、財宝や福徳をもたらしてくださるという神様。
その甲冑の文様に使われているのがこの毘沙門亀甲。
譲り受けた人のお祝いの席で袖を通す…譲った人も譲られた人も、着物も嬉しい出来事でした。

姉は姉で、昨秋亡くなった兄(彼女にとってはすぐ下の弟)の嫁さんが縫ってくれたテイラーメイドの
コートを着て出かけました。
体に沿うように作ったその頃を思うと少し小さくなった姉ですが、当時の流行は肩パットがしっかり
入っていて、奇しくもそれに助けられ着姿はいい塩梅でした。
縁のある人が集まる日に、箪笥からそれを選んで袖を通す…いい話だと思いませんか?

***
この年末年始は、車を降りる話が何件も舞い込みました。
年齢的なもの、生活の変化…理由は様々ですが、お声掛け頂けてありがたいです。
我々が手塩にかけてお世話してきた車を、乗ってくださる/乗りたい方の元へ橋渡しができます。

「今と昔」時間をつなぐ、人と車をつなぐ、人と人とのご縁をつなぐ。
我々の仕事は、車を整えることだけではありません。
感性を研ぎ澄まして、研究を怠らず、倫理感も常に勉強しながら1台1台向き合っていきます。
それには、人に支えられる毎日を感謝できる心根がなければ。
昨日、膳を囲みながらそんなことを考えていました。

はー、他人事と思えない

今日は定休。
ですが、家の用件で女房殿と出かけました。
思いのほか早く帰宅できて、車で戻ってきたら…

路地の向こうに、トボトボおぼつかなく歩くお年寄りが1人…向こうへ歩いていくので顔は見えない。
女房殿が「この通りにあんな雰囲氣の人、居たっけな…?」
気になりながら一旦、家の中へ。
車に載せた片付け物を下ろしに再び外へ行くと、さっきのお年寄りが戻ってきてちょうど拙宅の前。

たまらず私は声をかけました。
どこから来たのか
お名前は
でも、なんだか言ってることがおかしい…

電車に乗ってきた(そんなわけないよ、部屋着に突っかけ姿だし)
でも、話すうちにだんだん「これは合ってるんじゃない?」と思えることを話しだした。
おばあちゃん何年生まれ?
おばあちゃん歩いてきたんじゃない?
おばあちゃんココは高舟台だよ?
2丁目に住んでるの?

するとピピーンと回路が繋がったのか、2丁目に続く住所をペロっと言った。
やった!
町内会名簿を持ってくるよう家の中にいた女房殿を呼び、その住所を探すと…
おばあちゃん… X X さん?

「そう!あら何でわかったの?」

少しの距離でしたが車に乗せて、 X X さん宅へ。
すると門のところでご主人?らしき人が不安げにキョロキョロしてました。

よかった〜

ひょいと目を離した隙だったのかな?全く事情を存じませんが、その人は
「どこ行っちゃったんだろう…」
と、どうしてよいやらと門のところでおなかをさすっていました。
我が家の周りは東西には高低差がなく、おばあちゃんは平らなところを西(拙宅のほう)へ進んだ。
家を出て、東へ足を向けてたら?
住民が『中央道』と呼ぶ車通りの多い道へ出てしまうので…フラフラっと出たらマジ危なかった。
南北には高低差があるので(高台です)、南へ下ってたらきっとあの脚取りなら転んでた。
いろいろ、たまたま、ツイてた…

認知症を患った母を在宅で看た経験もあり、他人事とは思えません。
女房殿は更に心配していて…

デイサービスとか、行ってるかな?
送迎付きのお出かけが定期的にあれば、家族の負担も減るんだけど…
(かといって、毎日って訳にもいかないから何とも言えないけど…)

セカンドオピニオン大事よ

セカンドオピニオン

現在診察を受けている担当医とは別に、違う医療機関の医者に診てもらい意見を求める。
症状や治療方法について、主治医以外の意見を聞き、参考にすることです。

例えば症状があったとして、主治医に診せて快方に向かえばいいんですが。
いつまでもスッキリしない、医者に通っても改善しない…そんな時、

「ずっと診てもらってるから」
「データがみんなあるし」
「悪いじゃん…」

変化を嫌う日本人の気質も手伝って、医者を変えてみるというのがなーかなかできない。
長兄が頑なまでに地域の総合病院にこだわった結果、疾病を見逃し残念ながら車椅子の生活に。
あんまり改善しないしむしろあれこれ出てくる始末で、私がずっとセカンドオピニオンをと声をかけて
たんですが…
年齢が年齢なのでやはり「例の」日本人の気質が邪魔をして、首を縦に振るまでにだいぶ時間を
要してしまい、やっとその気になってきてじゃぁ G.W. 明けたら行ってみっか〜
G.W. の入り端で腰下に痺れが来て、立てなくなりました。
どんなに恨み節を言っても、改善しない中その病院に通い詰めたのは自分であって、自分の決断。
相手の未熟さに噛み付いても、そこを選んで通い続けた自分がマズかったわけで。

***

車にもまったく同じことが言えます。
不具合があって、何度出しても改善しない…
そこで車屋は得意のキメ台詞を言う(お客様の証言です)。

「ミニはこんなもんですよ」

ちーがーいーまーすー 笑
どれだけいるかな、よそでいくらやっても直らないってくる車たち。
まず電話が来て症状を伺うんですが、そんな難儀するようなことかねぇ〜って思いながら
いざ入庫。
ガレージに入ってくるその音で、

あ〜ハイハイきっとあそこの調子が悪いんだね

オーナーが何年も困ってたことを、数分で発見、数十分で解消…
そんな事例、どれだけあったか知れません。
年単位で直らないって、何だよ…素人かよオイ。

早く来ればよかった…皆そう仰いますが、気付いた時がその時。
その時にスパっと切り替えられれば、きっとどうにかなります。
車も、オーナーの台所事情も。
このご時世の貴重な収入を、効果が得られない改善されない修理の支払いに充てるなんて、こんな
ナンセンスなことはありません。
いやぁやってもらったし…と言って払ってしまったら、容認したということ。
No と言えない日本人では、いつまでたっても車は良くなりません。

車の世界に於いても、セカンドオピニオンは悪いことではないと思います。
例えば我々のサービスに不足や不満があったら、よそを訪ねてもらっていいと思ってます。
我々は、いつどこで誰に(エンジンやボディを)開けられても恥ずかしくないように、心がけてます。
慢性人手不足でお待たせしてしまうことはあるかもしれません…申し訳ないことですが手作業なので
「遅い」ことを批判されてしまうと大変心苦しいのですが、それでも部品のストックを充実して
お待たせしない努力はしているつもりです。

もしグレイスのサービスが気になって、グレイスのミニが気になってココを覗いている方がおいでなら…
もしご自分の車の不調にずっと悩んでいたら…
是非遠慮なくお出かけください。

ココにある車に乗ってみるもよし
作業をじーっとご覧になるもよし
ご自分の車の不調を相談するもよし

グレイスは月曜定休です笑


まぁいないだろうけど、車が触ってみたくて仕方がない若い子も。
もし居たら、遊びにおいで。
イタリアンレストランの下積みは、一日中トマトの皮むき。
一日中、何かを触らせてあげる。
部品の洗浄とか、それを使えるように下組みするとか…いくらでも。
レストランではまかないでその店の味を覚え、まかないを任されるようになり、だんだんと覚える。
それと一緒、技は見て覚える/盗んで覚えるもの。
質問できる人が、若いのと初老と…一緒に仕事しよう。

家族の想いと、現実と

施設でお世話になっている夫の兄の、通院に定期的に付き添っています。

***
飛んじゃったブログに時折書いていましたが、飛んじゃったので…ざっとふりかえり。
まぁいろんなことがありましたが、不思議なもので辛かったりキツかったりしたことを人は忘れて
いきます。
うまくできてますよね笑


もう4年?5年?になりますが、夫の母を在宅で7年ほど看て、送りました。
もちろん通所サービスは Max でお世話になって、「素人が環境の整わない場所で介護する」たぶん
限界に近いところまでやったと思います(自画自賛)。
許容を超えた事象が立て続けに数件発生、直訴( 区分変更=介護度見直しを期間の満了を待たず
申し出て検討を求める )して介護度まさかの飛び級、特養入所、のちわずか3か月で旅立ちました。

「老い」は、100人居れば100通りなので、私たちが経験して垣間見たことはごくごく一部です。
ただ、主に通所でしたが実にいろんな人に助けてもらってきた経緯があるので、現場のこと
とか、
少しはわかるつもりです。

家族(素人)の想い/思い入れ
現場(プロ)の感覚・知識・体制(都合と言っていいのかな)

老いに向き合うことは、育てることとは真逆。
私はそう思って携わってきました。
我が家の事情で、介護者と子育て 両方同時進行でした。
私は、

介護者としては若手
子育て(あんまりこの表現好きじゃないんだけど)世代としてはやや年をくっていました。

対照的だと気付いたのも、同時進行だったから。
早い話が子育ての逆をしました…『先まわり』です。
子が何かをできるようになるには、ぐっとこらえて見守ってガマン というシーンが多い。
でも介護は逆、常に日々の行動パターンをベースに頭を使って先まわり!そうすることで

物事がスムーズにはかどり
事故が防げるケースが多く
本人も不穏になりにくく
結果、介護者(私や夫)の負担が減りました。

よく、お世話になってる事業所の方たちからは『同業者』と間違えられました笑
本人の様子を表現するときに玄人が使っている医療 / 福祉系用語を、その場でなるべく覚えて
こちらが伝えたい時に使えるように心がけました。
そうすれば、端的に状況が伝えられるから。
とにかく状況把握と共有が肝。
割と必死でしたが、細かいことは忘れちゃった。


義母の時とは違い、割と厄介な疾病を抱えて(落ち着いてますが)施設でお世話になっている義兄。
車椅子の生活をしていますが、最近リハビリ全然熱心じゃないみたい。
気持ちがいいからマッサージしてくれよ〜、って流れになることが多いようです。
入所した頃は病気発覚、歩けなくなって、自宅で暮らせなくなった…と矢継ぎ早に生活に激変が。
当時の目標が本人曰く『脱走』だったので、リハビリにも勤しみトイレなど自分で行けるように
なったのですが、ここのところまったり。
加齢もある
老化もある
意欲の低下もある(新聞とかもう全く読んでない)
今のすみかがしっくりきてる
おトイレも勝手に行かずに呼んでくれるので、施設としては安心安全 ❤︎(前は勝手に行ってた)

施設としてはお通じとか把握しやすいし諸々助かってるけど…
いわゆる体幹が落ちてきてるようで、医師が背中に聴診器をあてるのに気持ち背中を背もたれから
浮かせるだけでめっちゃプルプルしてるような現状…
車椅子に座っているのもキツくなるんじゃぁ…

そうなると、出かけることもままならなくなる。
コロナが落ち着いてきたから(と思ったらまた爆発してるけど),かつてプラプラしてた銀座へ連れて
行こうかなぁ涼しくなったら、なんて思ってるけど。
先を思うと、家族としてはどうにか保って欲しいと思うけど、でも…
施設で静かに過ごしているのがしっくりきてるなら、無用なリスクをわざわざ冒すこともないのかな
と思ったり。
ムチくれて無理やり頑張らせて、本人本意ではなくて気分悪くするようなことも困るし。
穏やかに毎日遅れてるなら、ゆるやかに衰えが進むのも自然なことかなと思ったり。
少なくともこれまで本人の希望に沿って、リハビリが計画/実践されてきたのは感謝しかありません。
本人の『脱走』希望、歩けるようにとの希望が強ければリハビリは盛んに行われて筋力が伴った。
現在は『意欲の低下』や『今の環境への満足感』から、本人に脱走の意思も計画もなし。
従ってリハビリは積極的に行っておらず、結果体幹が弱ってきた。
現場で本人の意思が尊重され、それがコンディションに反映していることがわかります。
サービス料を払っているので、然るべきサービスを受けられるのは当然とはいえ、手厚いケアに
ホントに足を向けて寝られません。

昨日の外来付き添いを受けて、今日改めて事務方の生活を管轄して下さってる相談員さんに、
今まで通り、理学療法士さんには本人の意思に沿う形で願わくば保てるような環境をとお願いしました。
想いと、現実と。
静かに横たわる現実を、見逃さないようにしないと。

再利用、意外といい雰囲気よ

Amazon とか、海外からの小包とか、よく隙間埋めに紙が入ってきますよね。
アレ、グレイスでは捨てるの原則禁止です。
シワを伸ばして、私がスタンプを押してリメイク、再利用しています。
(こんなことばっかやってるんです…)

適度のシワ感が味わいを醸し出し(笑)、庭の花を束ねるにも真面目にラッピングしてリボンをかけ
ても、いい雰囲気になります。
袋に仕立てておいたりもします。
お店で毎年作っている、お年賀状や車検案内のご案内に使うハガキを、名刺代わりにパックにして
初めてのお客様に渡したりしてるんですが、ハガキを入れてるのも再利用の紙で作った袋。

お手製の封筒、大きさも紙も自在。

子どもの学校絡みで
『数百円の集金』
とか

亡くなった義母のデイサービスでかかる実費
『散髪代』
『おやつサークル材料費』
『切り絵サークル材料費』
など。

売ってる封筒じゃもったいないし(ケチ?)、むき出しは失礼だし、小洒落た小袋に入ってりゃ
怒涛のような勤務の合間に、フっと心も和むかなぁ、とか。(そんなことないか…)
自分の好みもあるので、雑誌のキレイな写真の部分とか、化粧品屋さんの DM の写真部分とかを
切り刻んでは、三つ折りにしたお札や500円玉が収まる封筒を手作りしてました。


ちょっと話はそれますが…
介護の現場って、どんな事業所でもある意味壮絶。
一番ライトなサービスは通所介護(デイサービス)あたりだと思うんですが、日中平穏に安全に
過ごす、たったそれだけのことでも素人が家でできることはいろいろ限られているので、食事と入浴
を安心安全にできてレクレーションやサークル活動なども参加できるデイは、在宅で介護してる人
にとって神。
介護する側、家族の生活…もっと言えば人生が、ちゃんと回ります。
時間のやりくりだったり
必要な用事をちゃんとこなせたり
ホっとひと息つかせてもらったり(←キレイごとでなくて、コレ必要)

介護は原則ずっと続くものではないけど、でも介護者の人生も同時進行。
そこを助けてくれるプロの存在は、とても心強いものでした。
彼らにとっては『業務』だからあたりまえのことなんだけど…それでも。
状況を理解してくれて、皆の毎日が穏やかにまわるように手を差し伸べてくれました。
どれだけありがたかったかしれません。

…紙をリメイクする話から、だいぶ話が脱線しました。
時間があんまりなくても、追い立てられるような毎日でも、自分らしくあるのって私にとっては
こういう些細なこと、なんです。
労力傾けすぎ、と思われようが海外へのクリスマスカードは自作するし…
この話はまた、いずれ。
何たって、ウェブサイトすっ飛んじゃったので笑

尊い時間

日曜日は従業員さん(グルメメカ)の奥さんが、拙宅で手前味噌を作る日でした。
去年、お裾分けしたところ大変喜んでもらえたようで、

「自分でお味噌作れたら最強ですよね!」

お子さんは1歳4ヶ月、卒乳 ➡︎ 離乳食も終了 とすくすく育っています。
体は食べたものでできているので(しつこい?)、原材料がハッキリわかっているものは
安心です。

午前中、ママはお仕事ですので午前中は拙宅でお子さんを預かって…
娘はこの家で幼児期を過ごしていない(小学校入学の2か月前に引っ越した)ので、この家で
ヨチヨチタッタカ歩く子どもの姿は新鮮。
娘が1歳から座ってきて、4年生?の時にリペイントした子供用の木製の椅子がちょうど
塩梅よくて、そこへ座ってお昼を食べます。
(こっそり撮影笑)

普段は週イチで店へ来ていますので、拙宅はいつもとは違う環境。
手の届くところに触れるものがいっぱい❤︎
手当たり次第にアプローチします。
思いがけない動作+偶然で、つまんないケガをしちゃぁ大変。
とはいえ体が想像以上に柔らかいのでうまいこと転ぶし、少々のケガは代謝がいいので
あっという間に治っちゃうけど。
自分の娘の時もそうでしたが、ダメダメいうのは努めてしませんでした。
簡単なんですけどでもそれじゃ、理由が伝わらない。
大事なのはどうしてダメなのか、そこです。
ケガにつながるから、人が嫌がるから…理由はいろいろ。
ただ、そこを伝えないと

ダメって怒られるからしちゃいけない

言われたことはやる

自分で考えなくなる

言われないからいいんだ

言ってくれないんだもん(人のせい)

例えばお子さんに向かって
「ホラ叱られるよ!」
って言ってる親御さん。
それって人は叱るけど親は叱らないレベルなの?
モヤモヤします。
そうじゃないじゃん。
なんで叱られるのか、それを伝えないと次また同じような場面に遭遇した時、その子は
考えず、自分で判断して行動できない。
この例え話から推測するに、
「家ならいいけどお外ではお行儀悪いよ」
そういうことなら、ちゃんと伝えないと。
小さい子でも、伝えれば理解します。
言って聞かせることをしていれば、聞ける子になります。

***
この家に移り住んだのは、介護の必要が生じた義母と同居する為です。
介護は子育てと真逆で、事故が起きないことがすべて。
彼女はアルツハイマー型の認知症でしたので、言って聞かせても効果はありません。
むしろ繰り返し言うことで、新たに記憶することは難しいのに『負の感情』だけは
蓄積するのです…メカニズムがサッパリわかりません笑。
環境が万全でないところ(自宅)で素人(家族)が介護『のようなもの』をするので、
どんな小さな事故でも、起きないことが一番です。
そのために、行動を読み先回りして、ひたすら事故予防に努めました。
残念ながらそれ自体は始まってしまっていたので、それ自体の予防ではなくあくまでも
『事故予防』。
工夫のせいか事業所のスタッフさんに、同業と間違えられることもしばしば。
義母が亡くなって、ずっとお世話になってた通所の事業所へ挨拶に伺ったら、スカウト
された位。
介護者として若かったこともありますが、面会に施設へ行っても入居者さんから新入りの
スタッフに間違えられることすらありました。

「見ない顔ね〜頑張んのよ!」
「はじめまして〜お名前なんておっしゃるの?」

調子いいもんです笑

***
この家で同居を始めてから娘は丸6年間、健康状態に問題があるお年寄りと過ごしました。
仕方ない高齢で脳が壊れちゃっただけのことです。
生活を共にすることで、功罪入りまじりの感は否めませんが貴重な経験をたくさんしました。
急に大きな声を出しただけだって、ビックリしてつまづいちゃうこともある…
それで骨折でもしたら、文字通り命取り。
お風呂に一緒に入ったら、自分でできるのに「洗ってあげよっか?」何回も何回も繰り返し
尋ねられて湯上り開口一番、「もう一緒に入りたくない…」
そんなことも、一緒に暮らしてないとわからない、たまに訪ねて行って「元気そうだね!」
じゃ、ぜーんぜん実態はわからない。
とっさの時には、たくさん助けてもらいました。
普段の私や夫の様子を見ているので、小さいながらに心得があるんですよね。
エグい思いもいっぱいさせちゃったけど…
私がカリカリして、イヤな思いもさせてしまったこともありました。

でも子どもが家の中にいると、ある程度まではお年寄りも心和んでた印象です。
伸びゆく命と、去り行く命。
家の中で交わることは、めっきり減っちゃいましたね。
尊い時間でした。