食いしん坊なんで、食べ物のことあれこれ

最近見かけた、あとは気になってる食べ物にまつわるお話をいくつか。

① 漬物の製造が許可制に

2021年に食品衛生法の改正があり、猶予期間を経て2024年6月から、漬物の製造に許可が必要となる
そうです。
農家のおばあちゃんが農閑期に漬ける、昔ながらの漬物。
着色料や人工甘味料とか使ってない、飾らない懐かしい味の保存食。
例えば道の駅とかで売ってますよね。
おばあちゃんたちはきっと、嫁いで以来作ってきたそのお家の味を作り続けてるだけ。
その昔はどこの家でも漬けたけど、今は買うことが殆どで需要あるから「製造」してきっと農閑期の
身入りになってる。
今更許可申請など当然煩わしい…だからきっとやめちゃうでしょう。
加工場と住空間とを明確に分ける、水周りの整備、とか環境整備も必須…ハードル高いです。
近所のお米屋さんで漬けて売ってるぬか漬け、見かけるとつい買っちゃうんだけど、あぁいうのも
もう買えないんだろうなぁ。
そうなると、そもそも保存食なのに保存料とか入った(笑)パック売りの手の汚れない漬物しか
買えなくなっちゃうんだろうなぁ…
我が家はそこまで漬物に興味がないからいいけど、昔ながらの文化がまた、形を変えますね…

② ブロッコリーが「指定野菜」に

ナニソレ?

私もこの報道にふれた時は、そう思いました。
指定野菜とは、消費量が多く国民の生活に重要な野菜として国が指定している野菜のことだそうで。
キャベツ、キュウリ、サトイモ、ダイコン、玉ねぎ、トマト、ナス、ニンジン、ネギ、白菜、ジャガイモ、ピーマン、ホウレンソウ、レタス
この度、なんと半世紀ぶりに15品目目の指定野菜にブロッコリーが指定された、というもの。

我が家では、買い物に行くとほぼ毎週ブロッコリーを買ってます。
厚めに皮をむいて、軸?茎?までいただきます。

シンプルに茹でて塩、ポン酢、ドレッシングで食べたり
ジャガイモとかとあわせてポタージュ
グラタンやドリアのあしらい、彩り
パスタの具、キッシュやオムレツの具
肉料理などのあしらい、付け合わせ
茹でたものを細かく刻んで離乳食

繊維質が豊富、葉酸が豊富、もっと求めやすい野菜になるといいな。

③ シーズンを前に、たけのこ自給率はわずか11%!

一昨年だったかな…これまでは下茹でが済んだたけのこを頂いて春の味覚を楽しんでいましたが、
スタッフが知り合いの竹林へたけのこ掘りに出かけるようになり、店で茹でてたけのこ三昧する
ようになりました。
春の味わい…ちょっとした大仕事ですが、幸せです。(まだ来てないけど?笑)
そんな中、人から聞くのは、手入れが追いつかず竹林/裏山が荒れていく話。
併せてたけのこの自給率が 11%と聞いて驚きました。
土地が死なないように、ちゃんと掘ってほしい…美味しいんだから。


余談ですが、自給率がすんごい低いもの、他にもいくつも!
ゴマは 0.1%、もやし(原材料の大豆)に至ってはほぼ 0% なんだそうです。

実はそばも 20% 程度と低いんですよ。
中国、アメリカ、ブラジル…
数年前までは、ロシアが1位、ウクライナも3位だか4位だかに入ってました。
オーストラリアのタスマニア地方でも、そばは盛んに生産されています。
ご存知の通り季節が逆ですから、日本の夏に新そば(そばの実を収穫して)を…的な発想で栽培が
始まったとか。
タスマニアは日本の気候と似ているようで、そばを栽培するのに適しているんですって。
もう10年近く前になりますが、オーストラリアでお蕎麦を使ったサラダを食べたことがあります。
メルボルンの都会的/文化的なエリアとして知られる South Bank のレストランで出会ったのですが、
ドレッシングとの相性も良く、何よりサラダとして出てくるとは新鮮で美味しかったのをよく覚えて
います。

だいぶ脱線したな…
コンビニで冷凍やレトルトの惣菜が超手軽に買えたり、『食』がだいぶ変化しているように思える
昨今、体を作っているのは口から入る食べ物であることを忘れないで台所に立ちたいと思う私です。

家庭で授ける、伝える

横浜市子ども・子育て支援事業計画の策定に向けた利用ニーズ把握のための調査

ってのがありまして、その調査票を見る機会がありました。
現況の把握、行政サービスの利用状況とそれに期待することなど
出産〜育児と続く一連の活動に対する満足度的なことや心配事などの調査。

子どもをどこかへ預けてるか
日常的に育児のこととかを誰(どこ)に相談しているか
こんな制度は知ってるか、利用してるか、料金はこんな感じだよ
行政の子育て支援に期待することは何か
今の暮らしには満足しているか

などなど。

引っかかった項目がありまして。
「不定期の預かりや宿泊を伴う一時預かり等」の註にあった記載なのですが

不定期の預かりや宿泊を伴う一時預かり等とは、パートタイム就労やアルバイトなどの不定期の就労、
冠婚葬祭、親の通院、リフレッシュ等の理由で、一時的にお子さんを預けることです。

冠婚葬祭
子ども、連れて行かないの?
「婚」ならまだわからなくもない。
でも「葬祭」は、子どもも列席すべきなんじゃないかしら。

人を送る儀式は、それこそ滅多にない「子どもが体験して、知る」チャンス。
葬儀の厳かな雰囲気とか、例えば読経の時に(空気を読んで)周りと同調するとか、
何をしているか幼い頃にはわからなくても、何度か経験するうちに(法事にしてもしょっちゅうある
ものではないですからね)年齢も重ねて、その集まりのことを理解するようになるのでは?
併せて、大きい意味で自分のルーツや家のことを漠然とでも感じて、離れていても、もう会えなくても
大事に思うようになる、そういう体験なのでは?
そういうのは、家庭で授けることです。

何で預ける?
それを行政が支援するとかって、ナニソレ意味がわかりません。

そういう場面で親戚と会って(子どもに限らずそうですよね)消息を確かめ合ったり成長を喜んだり…
葬儀って、割とそういう機会じゃありませんか?
親戚ですからある程度大目に見てもらえるだろうし、会の中でサポートしてもらえると思うけど?
(荷物持ったり、目を離さないように皆で見守ったりさ)
送る会、偲ぶ会であることはもちろんなのですが、送る人が親族や近い人を集める…そういう機会だと
私は思っています。

正直、子供を預けて働きに出る昨今の風潮に、いささか疑問を抱いています。
言うなれば子を為したのは親になったものの勝手であって、そこには当然義務が生じます。
生活の為に働きに出る、それを行政が支援する(=預かりの環境を整え充実させる)…すごい違和感を
感じるのは我が家だけでしょうか。

お金をバラ撒くのではなく、子育てにお金がかからない仕組みを構築すること

だと思っています。
以前から何度も書いていますが、例えば歯科矯正が保険の対象外であることとか。
噛み合わせは体の根幹につながる大事な部分にもかかわらず、自費。
ニコチン外来は保険がきくのにね…ホラ、おかしいでしょ。
例えばイギリスは、子どもにかかる物品購入に税金(VAT)かかりません。
もっと言うなれば、食材を買っても VAT はかからない。
でも、出来上がったサンドウィッチを買えば VAT がかかります。
人の手がかかっているから。
もちろん外食をすれば VAT がかかります。
そうやって、消費者が暮らしを組み立てることが可能です。

むやみに預ければ、成長の瞬間を見逃すことにつながるし、時間や気持ちに余裕がないと、親子の
関わりや絆も希薄になりかねない…
家庭の中での情緒的な教育も難しい。
家で授ける、授けられる環境を。
行政が考えるべきは、そういうところなんじゃないのかな。

リフレッシュ、必要だと思うけど…それで預けるかね?
夫婦で子ども抜きで出かけたい、そういうことかな?
この辺りは価値観もありそうなので…我が家はありえないけど。

“Silent Wish”

昨日、ポストに外国から小包が投函されていました。
差出人はDiddy Dave こと、David Thomas 。
グレイスのブログが一昨年秋にすっ飛ぶ前から読んでくださってる方はご存知かと思いますが、
スコットランドの小さな島、Isle of Mull 出身のミニエンスージャストで、ラリーストでもあります。

現在は、娘さんの Louise がミニで走っていて、我々もマン島で何度か一緒に走ったことがある
仲間です。
日本には、一番いい陽気…風薫る5月に1か月ほど滞在したことがあります。

実は David とは、今年のマン島で再会していました。
Louise のスポンサーチームのお手伝いで島に来ていて、会うことができました。
我々は彼が来ることを知らされておらず、まさに Big Surprise! 再会を喜び合いました。

その時に、彼が本を出版すると聞いていました。
そのうち送るから!

…届きました。
“SILENT WISH”
(脇に写る小さなお皿は、彼に以前もらったもので故郷の Isle of Mull の全景が描かれています)

ナニナニ…

***
ちょうど10年前、彼はカスタマイズした Mini Van で世界一周の旅に出ました。
UK – CANADA – ALASKA – RUSSIA – EUROPE -UK

その途中でアメリカから日本へ渡り、横浜で車を受け取り自走で大陸(ウラジオストック)への
フェリーが発着する境港(鳥取県)まで移動、ロシアへ渡って日本を通過していきました。
最初3月ごろだったかな?彼から email を受け取りました。
車両を製作した Mini Sport の Daniel に「日本を通るなら Shinobu に連絡しろ」と助言を受けて、
連絡している、とありました。
(なんでだか知らんけど、彼はそう言った…David は若干意味わかんね的な反応だった)

車両の入港に合わせて、GWの最後に空路日本へ到着、夫に再度連絡がありました。
夫は関内だったかな?のホテルを引き払わせて、金沢八景の旅館へひとまず数日滞在、その後は
我が家に逗留していました。
で、車両の受け取りのために税関へ。
そこで彼は、Daniel が言った「Shinobu に連絡しろ」の意味を知ることになるのです…

日本の水際の煩わしさ、言葉の壁、鎖国にも似た「井戸の中」のような環境…
大黒埠頭でまず X線検査を受け

彼はこの車で野営をしながら旅していましたから、家財道具満載。
ぜーんぶ物を出して

やっとこせ受け取って、ベイブリッジへ向かうも

車がトラブル
(長旅の後のコンテナ海運が影響してか、ラジエータのロアホースが破裂)

牽引で我々の自宅まで(よく見ると左下、牽引ロープが写り込んでる笑)

やっと自宅へ到着
(ガレージ建つ前なので、広々…芝生も青々…)
かくして、彼は最初に拙宅に泊まった客人となったのでした(しかも長逗留笑)。

10年も前のことなのに、ついこの間のことのよう。
彼が来た時、娘は小学校1年生でした。
(私も随分、年を取ったんでしょうか…やれやれ)

彼の著書を紹介したくて書き始めましたが、いろいろ思い出してたら面白くなってきたので、
ちょっと思い出話にお付き合い下さい。

“BAN”

法的に禁止する という意味の英語です。
ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が報道されて以来、BBC のニュースで情報を得ています。
EU を離脱したイギリスが発した、ロシアへの制裁の中に

BAN AEROFLOT

アエロフロートを含むロシア国籍、ロシア人所有の航空機の領空飛行禁止/乗り入れも禁止
とありました。
ってことはきっとロシアもお返ししてるだろうなぁ(してました)…と思い、
British Airways のウェブサイトへ。フライト検索をしてみると…

直航便は ① だけ。
JAL とのコードシャア便 1便しか飛んでないようです。
ホントは夏に、ラリー抜きでイギリスへ渡航しようと計画してますが、どうなっちゃうかな…


FIAT の部品のこともあって、プラハ(チェコ)に行ってきたいんですけど…
上の ② はそのプラン、フランクフルトで乗り継ぎが一番時間がかからないみたい。
チェコは、国境こそ接してないけどウクライナとも近い(といえば近い)し、東ヨーロッパ
しばらくどうなんだろう…

イタリアも2度行ったっきりで、ホントは訪ねたいところ沢山あるのに…パンデミック憎し。
っていうか、”BAN AEROFLOT” となると実は結構困るんですイタリア行き。
アエロフロートを使って『シェレメチェボ空港(モスクワ)乗り継ぎ』が、どこへ行くにも
なかなかいい塩梅だったんです。
時間も距離も無駄がない、そして値段も安定して手頃。

アリタリア航空高いし〜ってナニ アリタリア倒産したの

アリタリアの後継は、国営の ITA Airways 。
実は昨年「パンデミックの影響で物流など制限されている」という理由で航空便でイタリアヘ
クリスマスカードが送れなかったんです。
年行事であるクリスマスカードの準備は、このブログで毎年ネタにしていますが、

まさかの船便

ウェブサイトが飛んじゃって「格好のネタ」をご覧の皆様と共有できず、残念至極…。
船便で出す時に、個人的に「へー!」って感心したことがあったのですが、それは後日。

話を戻して、航空機の減便/運休で郵便が船便になったのは、背景にアリタリアの破綻が
あった、と知ったのは年が明けてから。
さすがに、海外のサプライヤーと直接取引をしてますから、こんな小商いにも世界情勢の波が。

***
そして今、経済制裁で意見が割れてるのが… ”SWIFT”
SWIFT の決済網から排除するか、否か。

元の記事はこちら

SWIFT とは、国際銀行間の資金決済に必要な金融情報を、安全且つ迅速に通信できるように
運営している協会で、銀行を特定するコードを管理しています。
一部報道では、SWIFT からの排除 = 金融核兵器 みたいな言い方をしてます。
コレってハシゴを外される感じだ…

***
何れにしても、民はどちらの国も戦争なんて望んでない。
子を持ってなお思いますが、もし突然ミサイルが降ってきたら?
どうやって子を守る?
時間が経つほどに相手の国を憎く思うようになってしまうのは、状況が悪化してそういう
心理になるから。
民は皆、悲しんでいます。
世界規模で人類が、見えない敵に脅威にさらされメッタメタにされたばっかりなのに。
あろうことか、人が人を…

正直ココでできることはほぼないので、一刻も早く収束して平穏が訪れることを願います。
できること…せめて、正しく知ること。
今は便利なツールがいろいろあるので、遠い国…どっかおよそで起きてる話、じゃなくて
正しく知ろうと思っています。

***
学校で取り上げたりしてるのかな…
中3の娘は、あと学校ですることといったら…3月上旬の卒業式の練習だけ。
球技大会が1日あるようですが、それ以外はほぼ毎日練習(毎日午前中いっぱいで帰宅)。
卒業式って練習いるの?
済ませるべき教育過程もすべて済んでるだろうし、練習なんか毎日やらんでもいいから
1日くらい社会の先生が、画面使って全クラスで共有する形で、今回ウクライナで起きたこと
について、授業したらいいのに。

進路もまちまち、広がっていく彼らの未来にきっと助けになるだろうに。

いつも迎えてくれた人

帰宅した私に、女房殿が
「ステージラリーを始めて10年だけど、ついに私が知ってる人がお星様になった」
え誰?今度は誰なの…?

Rally Isle of Man 2009

これは2009年、私が10年振りに海外のラリーに復帰した時、Rally Isle of Man です。
2日目の市街地ステージ、Castletown の中心にあるパブ(George Hotel)2階バルコニー。
階下にはこのステージの見どころであるモニュメントをかすめていくシケイン。
エントラントのプロフィールなどを交えながら実況しているところを、まだ私の隣に乗る前の女房殿が撮ったものです。
眼下はちょうど、こんな感じ。


Bob Milloy さん

名物インタビューアーで、BRC(British Rally Championship)のイベントをはじめ、我々が
毎年お邪魔していた Rally Isle of Man でも必ず見かける顔でした。
スタートですべての競技者を送り出し、フィニッシュで完走者をいつも迎えてくれました。
我々同様、走り切ったらあの顔あの声…と思ってきた競技者はすごい数でしょう。

2013年、コドライバーを女房殿にスイッチして臨んだ最初の年。
ラリー前からフィニッシュまで、都合5〜6日間両親にほったらかされてた娘が、女房殿に
ひっついてますね(小1)。
毎年、どんぶらこっことやってくる極東からのエントラントを、温かく迎えてくれました。
左端の車検委員、 Paul さんもいつもニコニコ。
彼らに会うと、あぁ今年もやってきたなと思ってたのに。

Rally Isle of Man 2013

この年も、

RallyIsle of Man 2014

Team Japan 4台体制で臨んだ、この年も。
我々クルーは、最終日ギヤボックストラブルに見舞われフィニッシュラインは通れず。
でも、けつっぺたがフィニッシュする時分にはどうにかグランドスタンド(スタート / フィニッシュ地点)に戻ってこられて、完走した仲間のインタビューに立ち会うことができました。

Rally Isle of Man 2015

この年は主催者からのオファーがあって、Team Japan 所属?の2人の小学生(当時)がスターター /プライズギブン のお手伝いをしました。
同じ場所でスタッフの真似ごとをさせてもらったわけです。

この時、9歳だった娘は今、15歳。
絶対ラリーやるって言ってるし、ココであなたに娘を迎えてやって欲しかった。
あと5年くらいだったのに。

会場で動き回る関係者を見回すとポロシャツやラフな姿の人が多い中で、ボブさんは必ず襟のあるシャツをお召しで、足下は革靴でした。
あと、商売道具であるマイクをあまり握り込まないようで、すらっと長い指がいつも印象的でした。

Rally Isle of Man 2016

またあなたに、フィニッシュラインで迎えて欲しかった。
当たり前だったことがもう叶わない、かなり寂しいです。
感染症のおかげで身動き取れない間に、大事な人たちがみんな彼方へ行ってしまう気がして。
そう言っているうちに、ひたひたと自分の順番は近づいていて。

Bob Milloy 1949 – 2022

スコットランドのモータージャーナリスト John Fife という人が運営するウェブサイトに、
ボブさんの生涯を簡潔にまとめた記事が載っていました

最後に、 BRC のTwitter を貼り付けておきます。
72歳、ちょっと早すぎ…
いつも温かく迎えてくれて、ありがとうございました。
私たちは、あなたの声を忘れない。