世界を襲ったパンデミック。日々変わる社会の状況、そしてこれから。
いわゆる『コロナ前』に世の中が戻ることはないので、この先をどう生きていくかを考えなばならないと、少なくとも私と私の家族は思っています。
海外の報道も、コロナの「先」しか見ていません。
日本の報道は、「今」の異常さ(主に感染者数)を伝えて不安を煽るばかり。
分析したり検証したり、と言う前向きな情報はあまりありません。

「Stay Home」という言葉も生まれました。
これまで使われなかったフレーズが、合言葉として注意喚起に使われました。
現在は「Stay Alert」(警戒を怠らない)を合言葉に徐々に緩和の方向ですが、何でも解放方向だった日本と違って、

コレは緩めるけどコレは絶対ダメー

という線引きがかなりしっかりなされています。
日本では「おうち時間」なんていう表現が生まれて。
不意にわいて出てきた時間を使って、料理をはじめいろいろ手作業に挑戦した人もいたでしょう。

日本は、戦後の経済成長と引き換えに技術を捨てたといっていいでしょう。
自分でできなくなっちゃったのに、どこなら安く作らせられるか…と益々日本から技術は消えて行きました。
その結果、パンデミックで外との行き来ができなくなって、国内調達ができなくなったものがあまりにも多すぎたのは記憶に新しいところです。
手作業…グレイスでの作業は、手作業と特殊な道具を使っての人による作業が殆どです。
いわゆる「面倒くさい」ことばかりです。
今グレイスに大きい作業が集中しているのは、ズバリ他がしないこと(面倒くさいこと)をしてるから。
大きい仕事ばかり(レストアの類)、依頼がきます。
技術?あるかもしれない。
でも人の手は2本、人数も限られています。
大きいものばかりだと、経営が成り立ちません。
当たり前です形になるのが途方もなく先ですから。
車が出来上がる前に、我々が干上がります。
その技術を見込んで依頼がくるわけですが裏腹に、古い車なんだからと(作業の手間賃)を叩かれることが非常に多いです。
面倒くさいことは手間がかかる、だからこそ仕上がりが雲泥の差になるのに。
あんまり失礼な仰りようには、私も還暦ですから毅然とお応えします。

じゃあ、ご自分でおやんなさい。

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8月最初の週末は、クラブ(HRCR)メンバーと、京丹後で開催された全日本ラリーに遠征していました。
梅雨明けはあちらで迎え、京都の夏の洗礼を受けグダグダになりました。
5月だった予定がパンデミックの影響で8月に延期。
開催は決まったものの、またしても無観客。
だーれも、いない。

それでなくても日本では観客が自由に観戦ができず、ラリーの魅力がどれだけ伝わるのか疑問だっていうのに。
無観客じゃ、我々がラリーをやる意味の8割くらいが黙って達成できない…そう思っています。

 

1990年代、RAC ヒストリックに出ていた頃のことグループA 全盛期のドライバー、D.オリオールや J.カンクネンなどとラリー中に談笑していた時、カンクネンがこんなことを言いました。

「次のステージは子どもがいっぱい見てるトコだから、魅せようなー!タイムもあるけどアングル勝負!何たって、感動を与えられなければ、我々の活動は何の意味もない。応援があるから頑張れる、魅せよう!」

向こうのラリーは、ステージの中で見ている人がいくらでもいます。もちろん見やすく整えられたステージもありますが、お気に入りのスポットやここぞという観戦ポイントへは、自分の足でぐいぐいいく、ごく普通のことです。
日本のラリーは端的に言うと隔離主義、閉鎖主義。
開かれているとはとても言えません。
昨今はギャラリーステージなるものが設けられていますが、あれはサーキットでレースを見ているのと一緒です。
ま、そもそもラリーを切り取って見やすく、興行性を上げたのがサーキットですから当たり前ですけど…

人は「憧れる」という感情を持っています。
憧れの先に、そうなりたいと描くビジョンが生まれ、のちに続く人も出てくるというものです。

自分の目で見たものでなければ、操作されたものでないとも限らない。
やっぱりバーチャルはダメだと思います。
あってもいいけど、それが主軸であってはならない。
『スーパーフォーミュラ ヴァーチャルシリーズ』が、JAF の認定レースになったとか。
えっと… JAF 日本自動車連盟  (Japan Automobile Federation)
タイヤついてないけど?
これだから、日本ではモータースポーツが栄えないんだ…やれやれ。

今回、2日目にファイナルギヤの破損でリタイヤとなり、すべての車両が通過するまで後続に注意を促しながらステージの中に留まっていました。
ちょうど右 / 左とカーブが連続するところで、立ち上がって即座に次のカーブの姿勢を作っていく、そんなポイントでした。
(…コーナーばっかでそんな場所ばっかですが)

A/C をつけて走っていく今ドキの車たちはほぼ、我々のセオリーとは違う方法で車を操っていました。
我々が駆る車たちは、コーナーの進入の時点で姿勢ができていないとダメ。
で、立ち上がっていくときにタイヤの音がする。
ところが今ドキの車は、とにかく…突っ込んでくる。すると挙動を察知して制御がかかる。
ここでミソなのは…ドライバーがやってないこと。
トラクションコントロールや ABS などが作動して、フツーなら飛び出してしまうところを各種デバイスに助けてもらっている。
そんな印象でした。もっと端的にいうなら、

昔の車は Slow in Fast out
今の車は Fast in out by devices

どっちがいいとか悪いとか、そういう話はしていません。
今、国内のトップで走っているとある親子ドライバーを例に考えます。
親父さまは1990年代、世界の最前線で活躍した輝かしい経歴を持つドライバー。
今ドキハイテクカーに乗っても素晴らしい動き。
そして今、飛ぶ鳥を落とす勢いのご子息は、同じ車でも動きが全く違う…とても興味深いです。
しかも、ご子息の乗り方の方がハイテクカーはタイムが出る。
特定の条件が揃うと、日本の道なんかはかなり有利でしょう。
では車を選ばず、となったらどうでしょう?
おそらく経験がモノをいう結果となるでしょう。世界ではどうでしょうね…

ラリーに出ながら、そんなことを思っています。
いくら、かなり特殊な道具を使っているとはいえ、ラリーはスポーツなんです。
人がやらなくなったら、それはもう違うもの。
今回も、スタート直後に刺さってるマシンがいました。
スタート直後はタイヤが冷えてる、まさかそんなことも抜け落ちてしまう?
そんなことはわかりきったことだし、どんな状況でも対応できる自分であるよう、研鑽を積み

何秒出るか ではなく 何秒出せるか

そこを意識することこそが、上達のカギ。
『人馬一体』とう言葉をご存知ですか?
馬と乗り手(騎手)が1つになったかのようにたくみな連携が取れて乗りこなせていることを言います。
私たちが駆る車は、そういう瞬間が味わえる車です。
乗り手次第、こういう話はいくらでもあります。

車が文化として日本で残っていくのは、おそらくかなり難しいでしょう。
これまでメーカーがそうしてこなかったので、この先ますます無理。

「魅せる」ことで伝えたい。
実感できるものが尊い、パンデミックを経てそこを世の中に見直してもらいたい。