(広告に掲載されている商品車等の情報は、2006年当時のものです)

 

ー ヒストリックカー・ヴィンテージカーのメンテナンス ー

早いものでミニの生産が終了して5年が経ちました。誕生から数えると実に46年!これはもう立派なひとつの歴史と言えましょう。このような車を手にした人の車との付き合い方は、大きく2タイプに分かれます。一方は短期的展望で自分の手元にあるうちを楽しむ人、もう一方は長期的視野で「自分の手元を通過する車」と捉え、先のことを考慮する人。楽しみ方はいろいろ、とくに否定も肯定もしませんが少なくともミニに関して言及すれば、長期的展望で一考するに値する車であると私は思います。つまり残るべき車である、と。

メカニックとして、その場しのぎで行き当たりばったりの安易なメンテナンスや、ただ商売として手をかけるにはあまりにもニノ思い車です。これまで私たちは歴史を学び、積んでいた経験を頼りにミニに携わってきました。もちろん私たちも数えきれない失敗を繰り返してきています。それを補うために様々に努力もしました。10余年にわたる海外ラリーへの参戦もその一貫でした。より指揮権を高める為には、ミニの育ったラリーと言う環境にこの身を投じる必要を感じたのです。メンテナンス、リペア…その主要な題材がラリーにはびっしり詰まっています。リペアの仕方によって生じてしまう新たな問題点。方向性の誤ったセッティング等、殊にボディーワーク・サスペンションワークについてはこれに勝るテストの機会は見当たりません。同じ競技でも、レースとは守備範囲のケタが違います。例えて言うなら、ラリー車とレース車の違いはパソコンとワープロの違いと考えてください。前者は様々なデータを取り込み、使い方次第であらゆる処理を行うのに対し、後者はその中のごく一部を切り取り成熟させたものです。ラリーにはステージありステージ間の一般道走行ありで、その競技区間は広範囲に渡り、決して一定で整えられた状況は与えられません。スピードトライアルから交通法規の遵守まで(違反すれば失格です)こなさねばならないわけです。一方レースは、その機嫌を知れば自ずとわかることですが、もともとがラリーのステージ部分を切り取って、いっぺんに1箇所でできる工業として出来上がったものなので、サーキットという限られ且つ安定した場所で争われます。ラリー車には卓越した性能に加え、どんな状況でも走れるバランスの良さが求められるのです。本番中には、考えられないような勢いで現実が迫ってきます。瞬時に状況を見極め前へ前へ…おかげで、ドライビングテクニックも身につける殊ができました。メカニックいとってドライビングは、データと並んで不可欠なツールの1つです。本番中、車輌製作中、時間お流れ方は著しく異なりますが、やっている殊は一緒です。「トライ」このひとことに尽きます。効果的なこと、無意味なこと、かえって悪い結果を招くこと、常に一進一退の繰り返しです。また厄介なことに、過去によしとされたことがいつまでもいいとは限らないのです。材料が変わってしまったりより効率の良い方法が見出せる場合もあるでしょう。

ところで「最良の方法」とは何でしょう?性能・パワーが引き出せれば良いのでしょうか。寿命の短い使い捨ての車なら、それも良いかもしれません。しかしミニをはじめ旧車の類は必ずしもそうとは言えません。各気候の特性や車のキャラクター・面影を残す為に、いたずらに手を加えるべきではありません。

メカニックとして、探求することを忘れてはおしまいです。良質な部品の入手が困難になってきている昨今、二ch日変化する現地の状況をリサーチし、今の最良を洗濯しながら車を保つのが我々メカニックの仕事です。私の手掛けるミニはいたってシンプルです。見る限り特別なものはありません。しかし肝心な部分はおさえていると自負しています。その根拠は、継続してきたからです。

1つのことを続けることによって得られる悦びは、何にも代え難いものです。今更こんなことをいうのもどうかと思いますが、私は本当にこの車が好きです。同い年のこの車に子供の頃ばったり出会い、以来こよなく愛してきました。今、私の一番の楽しみは、往年のラリーやレースのフィルム・写真を見て、そのシーンがどんな車輌でどんな動きをしたものかが手に取るようにわかることです。そして自分のドライビングで同じようにミニで走ることができる…私の最高の喜びです。見たままに再現できる、継続してきたからこそ為せる業です。そこまでやってきました。まだまだやるつもりです。