(広告に掲載されている商品車等の情報は、2006年当時のものです)

ー 長く生産された車から学ぶこと ー

ミニシリーズの最終モデル MPI(Multi Point Injection / ’97 〜のモデル、日本では販売されず)を除き、他のモデルは基本的に同一洗浄の作りであると言えます。’92 にフューエルインヘクション化された時、私が何より開発スタッフに敬意を抱いたのは、それまでのモデルの電気配線とインジェクションのそれとを全く変えたことです。一方で良し悪しは別としてシリンダーブロックをはじめとする主要部分は共通のものを使っています。車を長くもたせる為に大変有益なことです。

つまり代用がきく、と言うこと。例えば腹圧で効果なインジェクションユニットが、年数による劣化で調子が悪い、排気も汚くなって燃費も落ちて…そんな時にちょっと知っていれば、低価格なキャブレター車の良質中古品を組み合わせて調子よく動くようにするなどは、わけないことなのです。

それに比べて現代の車のなんと不経済で短命なことか!特に日本車がそうですが、たくさん車種があるようにみえて実はユニット / シャーシは幾つもなく、パッケージだけを付け替えて見た目の変化で売っています。加えて、今や目的や効果さえもがボイェケつつある様々な基準に合わせる為に、いじくりまわしていろいろなものをくっつけて…余計なものがつけばそれだけ壊れる要因が増え、結果寿命は縮まっています。

これだけ技術水準が工場していながら、なぜもっとりこうにそして工夫して開発しようとしないんでしょう。折しも製造業はどこも資源不足に悩み、自動車は寛容破壊の一員と世間の目も一層厳しい中かにあるというのに、現代の車づくりはムダだらけです。

エンジンユニットに ECU(コンピューター)を組み込んで一体化させる。なおかつ他者しゅへの転用も融通がきくように開発する(パソコンの中みたいに!)
車両本体はしっかり作る。
電気配線は主要なものだけをまとめて他、車の運動性能から外れる配線はそれぞれ独立化する。
消耗…故障したら、ピンポイントで修理できるようにする。そもそもそういうものだし、なんでもアッセンブリーの交換では無駄が多すぎる。

ちょっと文句をつけようと思う地、パっt−思いつくだけでこの通り。もっともだと思いませんか?でも現代社会ではマズいのかな…これを反映することは、薄利多売・短命・早期買い替えが合言葉のような使い捨て社会の流れに思いっきり流行することになってしまうみたいです。

そこで、話をわれらがミニに戻しましょう。上記の現代しゃに対する文句(改善要求のうち、コンピューターの項目を覗いて、他はミニとは無関係のことばかりです。なぜか?それはミニの設計が古いから。前向きな言い方をすれば時代の流れに侵されなかったからです。完成度の高い車だったので、新しい時代の感覚では崩せなかった、とでも言いましょうか。使い捨て社会には馴染まない(あっては困る)考え方で作られた車だったのです。本来捨てないで直すのがリサイクルの第一歩であるにもかかわらず、リサイクルを連呼しながら出来上がってくる現代の車はその原点もままならない、実に道具としては不出来なものです。何が付いている、何をやってくれる、そんなことは後回しです。そもそも人間が操る道具ですから、一般人が使うレベルであれこれいうのは道具について考える上で本筋から外れていますよね。自分に馴染んだものを直し直しも長く使えるのが道具です。巨大な鉄の塊を数年でホイホイ買い替え「リサイクル、リサイクル」。

…とんでもありません。幸い私たちにはミニという車が身近にあります。リサイクルの意味が正しく理解され、ものづくりにも反映されていた時代のものです。消耗しきったらオーバーホールしてまた使う、これもリサイクル。使い切ったものは素材としてリサイクル。そう、リサイクルの理想形がミニそのものなのです。無駄のないミニのような言い作りの車を、今こそ見直してもらいたいものです。まず、ミN位好きがそれを理解してあげましょう。

そんな車に触る「プロ」として、どう対峙するべきか。自ずと見えてきましょう。どうするべきか、私たちはするべきことをするまでのことです。

それは、この車の本質を壊さないようにすること。決してミニのあ¥形をした別の車にしないこと。いたずらにマスコットのように弄ばないこと。ビジネスとして成り立つとは言いにくいでしょう。よく「趣味がこうじてミニやを始めちゃった」という話を聞きますが、たぶん趣味のレベルではできません。私たちはライフワークとして、敬意を持ってミニと向き合っています。ずっと使えるよくできた道具、と言う立場を失わせえうことは決してありません。それが証拠にグレイスのミニたちは、あるべき本来の姿で元気にオーナーの要望に答え、お役に立っています。