(広告に掲載されている商品車等の情報は、2007年当時のものです)

この広告が載された前年の夏、創業から20年の2006年8月にグレイスはバス停1つ分、引っ越しました。
看板屋の建物をそのまま使ったので、当初は天井が高く(=灯りも遠い)不便した覚えがあります。
やや経ってフロアを増設、2階もストック+作業場所という今のスタイルになりました。

 自動車の文化〜車としてのミニ

自分の車を楽しむ、大いに結構です。時に面白おかしく手をつけるのも、その人の自由です。でもそうする前に、ミニがどういう歴史をもつ車か、できればちょっと学んでいただきたい。見た目の愛嬌も魅力のうちですが、40年もほぼ同じ格好で作られ続け、品質の良し悪しがあるとはいえ今なお大部分の部品が新品で手に入るのには、それなりの理由がありましょう。残るべき、残すべき車なのです。その辺りを少しでも知っていただくと、ミニをミニとして維持していくためには、いたずらに手をつけてもいずれ全て元に戻さなくてはならないことが解るでしょう。恐ろしいことに手のつけ方によっては、残念ながら二度と元には戻らない場合だってあるのです。

ここのところ仕事をしていて気が晴れません。初めて入庫してくる車の作業は、先に述べたようなその車がこれまでに受けてきた整備?やモディファイ?によって崩されてしまった物の修復が殆どだからです。オーナー自らサンデーメカニックとして、試行錯誤の上どこかちぐはぐというのならまだしも、いわゆる素人でない人が根拠のないことをしたり、効果の全く期待できない部品を開発して販売したり、かえって調子の悪くなるようなことを平気でする…専門家のつもりでいるようですが、とてもとても。できないなら、わからないならもうやめて欲しいものです。こうやってかたっぱしから車がダメのなっていくんです。こういう車を元に戻すほどに、やればやるほどよその批判のようでいい気がしません。そもそも「戻す」なんていう行為は適正な作業が行われてさえいれば、必要のない「手間」なのですから。

一方で、長く乗ってきたミニを丸ごとリフレッシュ、いわゆる「リビルト・レストア」と呼ばれる作業ですが、こうしたオーダーもここのところ今まで以上に増えています。Mk1・2、古い車のことと思う方もいらっしゃるでしょうが、実は Mk1・2 に限った話ではありません。80年代・90年代初頭の1000なども依頼がきます。リセットしてまた新車に乗る、そんな感覚でしょうか。究極のリサイクルといえます。私たちにとっては最も誇らしい仕事です。

他の車に乗り換えないということは?逆の見方をすれば、ミニがとても気に入っている、もしくは他に乗りたい車が見当たらない、ということでしょう。何故か?ミニに乗る人にとって現代の車が「〜過ぎ」だからです。太りすぎ、大きすぎ、あれこれ装備つきすぎ、視界悪すぎ…まだまだあります。つまりひとことでいうならば、使いづらすぎるのです。大きくて車体の感覚がつかめない、窓が小さすぎて視界が悪すぎる、小さくすればいいものをセンサーやらモニターやら、余計なものをくっつける、モニターやセンサーに頼って目視が疎かになり、危険が増大するのです。このように人が操り人が使うための道具であるはずが、人の操作部分はどんどん減り、機械、電気に任せてオートマチック化されそしてどんどん使いづらくなっています。作っている側としては先回りして先回りして使いやすくしているつもりが、どっこい結局使いづらいとはなんとも皮肉な物です。オートマチック化されると人はその操作について当然考えなくなります。しなくて済む…人は馬鹿になっていきます。よく考えてみてください。考えないで何か物事をする、こんなボーっとした話、ありません。ましてや車の運転です。危険この上ありません。現代車はこんな風に人と車(道具)の力関係が崩れてしまっているのです。

車だけではありません。私の家は、小さな丘を丸ごと切り開いた住宅地にあります。一角の中央には丘を登って下りていく太い道が通っています。これまで信号はありませんでした。が、近いうちに頂点部に信号がつくことが決まったらしいのです。何と愚かしいことでしょう。これまでは歩行者・車・各々が気をつけて通っていたので事故はありませんでしたが、おそらくこれで激増間違いなしです。なぜって?信号が発する指示に対してそこを使う人が受け身に回り、考えることをやめてしまうからです。しかもシチュエーションが最悪です。頂上ですから下がっていくその先が全く見えません。信号がつくことで、黄色のシグナルで加速し突っ切ろうとするドライバーが必ず現れます。いちばん迷惑するのは、信号のすぐそばの住人と歩行者でしょう。こうしてまた人はバカになり、巷に危険がどんどん増えていくのです。

こうして見てくると、ミニに長く乗ってた人が他に乗りたい車が見つからない理由がよくわかります。ミニのような車は、五感すべて使います。使い手が五感で働きかけることにより、双方の間にある種のコミュニケーションが成立してきます。そこに、ただの道具から逸脱したミニの素晴らしさがあります。昨日人でも言いましょうか、あるべきものが効果的にあり、余計なものがない。素で、実によくできた車なのです。こんな素敵な車、やめられません。素を壊してしまう人の気がしれません。おそらく、この時代の流れからして二度とこういう車は生まれてこないでしょう。だからこそ何とか残すために、私はプロとしてミニと真摯に向き合っています。

正しく伝えていくには、ただ大事大事にしておけば良いというものでもありません。車は巨大な消耗品であり、部品を交換したり各機構のオーバーホールをして維持していくのが道具としての本来です。技術や考え方、部品等は時代の移ろいとともに変化していきます。ですからテストを繰り返し、その時々の最良の選択を常に考えています。実に面倒で地味で手間のかかる作業ですが、いい仕事をするには一番大切なことです。

ぜひ、改めて五感を研ぎ澄ましてミニのハンドルを握ってみてください。ハンドリング、シフトタッチ、乗り心地、エンジン音…この車の素晴らしさがきっと体感できることでしょう。もしかしたら「ココの調子が悪いんだ…」車からのメッセージも聞こえてくるかもしれません。そんな時は、後回しにせず信頼できるメカニックに診てもらってください。人と同じ、早期発見が長生きの秘訣です。このあたりも「現代車」とは違うところです…。