お鍋

週末、久方ぶりに車両の引き取りに同行しました。
思えば、従業員が居るようになってから、そうした場面での私の出動はとんと減っていました。

ひととおりの業務を終えてから、730pm を過ぎた頃に店を出て帰宅したのは 9pm 前でした。
その日は鍋にしようと思っていて、鶏肉のお団子の種は作ってありました。
娘がその先の準備をしてくれたので、帰宅すると部屋は湿気を帯びて暖かく、いい香りがしました。
お正月に頂いたカニ(冷凍してありました)と鶏団子で、水炊きにしました。
ポン酢で頂きましたが、それも娘がちゃちゃっと作って(買い置きやめました)くれました。
〆は蟹味噌を使ってお雑炊、ネギの青い部分とさっと炊いて仕上げに溶き卵。
正月の贅沢料理の残り福、といった感じです。

縁あって嫁いできたのは 21年前の今日。
この家で初めて迎えたクリスマス、業務の後にその日は納車に出かけてまさかの『すき家』。
豪華なディナーを期待していたわけではないんですが、唖然としました笑

ずいぶん時間が経ったのね…体も心も温まる夕餉になりました。

「区切り」つづき

夫が福祉車両専門店へ、4年弱お世話になったリフト付きワンボックスを『返しに』行ってきました。
専門店に戻せば、使いたい人が必ずいるはずです。
お店に電話で相談した時と同様、お店の人は恐縮しきり…加えて販売時よりキレイになって帰ってきた
んじゃないかと驚きを隠せない様子だったといいます。
だってボディは2回ほど磨いたし、白内障(笑)もレンズ交換したし。
洗車機でしたけど、普段からこまめに掃除していました。

「 “捨てない” のが自分の生業だから、当たり前のことです。」

と夫は話したそうですが、お店の方曰くこんな風に車が戻ってきたのは初めてなんだそうです。
みんな廃車しちゃうの?
そこいらの中古車屋に渡したところで、活かせないと思うけど…


さて、suica を渡しそびれて帰宅の道中を心配していた私ですが、無事帰ってきたものの…

クセで領収証を発行したまでは良かったのですが(要らないけど笑)、乗車券とそっくりのソレを
自動改札機に通そうとしてゲートが開かず(そりゃそうだ)、結局駅員さんのご厄介になったそうで。
肝心の乗車券は、券売機前にひらり落っこっていたそうです…

区切り

昨年のまだ暑かった頃、義兄がこの世を去りました。
多発性骨髄腫の発見が遅れて車椅子の生活になって以来、蕨の自宅で暮らすことは難しくなり、
川口の施設へ入所 → 通院は私が担いました。
施設が金庫保管するような神経質な薬を使っていたので、原則2週に1回、外来での経過観察が
必要でした。
数値に疑問があれば投薬はすぐ中止、翌週また受診して経過を確認…となると体調が安定するまで
毎週のように通っていました。

あれだけ自由にフラフラしていた人が、弟(夫)の海外競技出場にも同行して楽しんでいた人が、
ある日を境に歩けなくなった…多くは語らない人でしたが思うところは当然あったでしょう。
感染症の蔓延も手伝って、弱ったところを見られず済んだのはせめてもの慰みだったかもしれない、
そんな風に思っていました。

そんな通院に毎度使っていたのが、ワンボックス。
リヤゲートを開けるとスロープがたたまれていて、出し入れに合わせて後部の車高が上下するいわゆる
福祉車両でした。
義兄がもう歩けない=運転できない とわかった瞬間にそれまで乗っていた車は速攻処分
して、
購入したものです。
福祉事業所が通所の送迎等に使っていたリース車両で、リースアップに伴い放出されたもの。
通所の送迎ですから、走行距離はたかが知れています。
福祉車両の専門店に相談して、選びました。


そしてお役御免となったこのワンボックス。
「手元に残す」という選択肢もなくはなかったのですが、前述の通りリフトが付いているので重い。
それと当然ですが車椅子が2台まで固定できる作りになっているので、室内に広大な空間があります。
自転車が趣味の人なら、塩梅いいレジャーの車となり得るかもしれないけど…
処分することにしました。
夫にしても私にしても、離れてはいたけど割と全力で向き合ってきた4年間だったので、この車は
ある意味思い入れが強くなっていましたが、でも。
家族ががっぷり四つで関わる介護をするにはこういう車は必須。
我々が持っているより専門店へ戻して、そういう家族の元へ渡るなら。
(車屋が持ってたんだから、整備はちゃんとしてるしね笑)
そう思って、買った店へ夫が電話しました。

担当者はやや驚いていたようだった、と夫の談。
「買い取りとかは厳しいんですよ…」
そんなことを求めてるわけではないことを伝え(こちらが業者である事も承知)、十分使えるから
次、どこかで役に立てばと思って戻そうと思っていることを告げ。
委任状・譲渡証明書に捺印したものと一緒に持ち込みたい、と申し入れました。
先方は恐縮しきり、話はまとまって今日、午後にも持ち込む予定です。
…というのも、今日は義兄の上(夫の一番上の姉)の外来付き添いの日。
巣鴨の自宅へ迎えに行き、広尾の日赤で受診→送り届けるのがルーティーン。
今日はそこから、福祉車両専門店(埼玉県北本市)まで足を伸ばして車を置いてきます。

朝、見送る側も見送られる側も、ちょっとしんみり。
家の中でまた一つ、区切りがつく…そんな朝でした。

ところで、帰り電車なんだけど…大丈夫かしら。
(湘南新宿ラインで大船まで1本だから、さすがにヘーキか笑)

いけない!
suica を持たせるのを忘れました…切符買えるかな。

そうだ、お墓行こう2022年末

早いもので年が改まって半月が経とうとしていますが、年末の店主ファミリーの恒例行事を記録
がてらココに残しておこうと思います。
どん詰まりの墓参(石川県)。
去年はあちらで元旦を迎えました(コンビニメシだったけど笑)が、今年は1泊で帰ってくることに
したので、最低限の支度(煮〆)をして、お正月っぽくお花を活けて出かけました。
松は五葉松。
2種類の菊の存在感がアレンジを引き締めてるように思ってますが、どうでしょう…


***
11月に義兄(夫の長兄)を納骨して、ひと段落。
最初の年の瀬ですので菩提寺とお墓と、石屋さんと巡ります。

暮れの恒例パーティーがハネて、帰宅して帯を解いて(今年も和装で行きました)お風呂に入って
仮眠して、午前2時過ぎに横浜を出ました。
私の運転で横浜スタート(岐阜から北は雪かもしれないのであちらに行ってからは交代したくない)、
以外と車の量が多い…トラックばっかかと思ったけど全然で。
こんな時間だけど、出た時間はいい判断だったと安堵。

岡崎で給油、そこで運転を替わって北上します。
クリスマス寒波でどっかり雪の降ったあと。
郡上八幡の先から、窓の外の風景は真っ白です…

予報では、1泊2日の旅行中にはあたたかめで雪にならない(雨)ハズですがどうだろう。
もちろんスノーブーツは全員持参しています。

夜中の2時に出た甲斐あって、朝食は近江町市場で海の幸と金沢おでんを頂きました。
金沢おでん…車麩とか、たことか、あと赤巻きって呼んでるっぽい朱 / 白のうずまき状のかまぼこが
入ってるのがおなじみの景色。

あったまってさぁ、ミッション開始。
菩提寺でご挨拶
お墓を清めて、正月のしつらいを済ませ

石屋につけ届け(お墓の引越しでまだお世話になるので)
…と思ったら、墓誌の文字間違ってるしね!
しかも納骨でお出かけ中だったので、菓子折りに書き置きを残して、了。
お昼を少し過ぎた頃には、ご先祖廻りのミッションは全て済ませました。

12月30日ともなると休館 / 休業の場所が少なくないので、観光して回るにも限りがあります。
兼六園に隣接する、前田家ゆかりの歴史的建造物が歴史博物館的に公開されてるんですが、年末年始は
やってないし…
いくつか残っている武家屋敷、やはりほとんど閉まってる。
夫の長女が建築を生業にしていることもあり、建物を見て回るのが(そもそも私も大好き)金沢の
楽しみの一なのですが…
遅めの昼食をとりながらひがし茶屋街を散歩、お茶屋さんの建物をそのまま公開している『旧中や』へ。
三つ折りのリーフレットを貰って、建物を見て回ります。
当時の茶屋街のお茶屋さんの見取り図が小さく載っていて、変体仮名を習字で学んでいる娘と
「コレは読めるね、こっちは何て読むんだ?」…

これは電気が通ってからのでしょうから明治以降のものでしょうが、でも菊菱の細い飾りが施された
電灯、細かいところまで行き届いています。

私が小さい頃はまだこういう建具無くはなかったなぁ…
お手洗いの木の扉です。

窓に入っているガラス、おそらくかなり古いものなので表面が波打ってるんです。
味わいもあるし、当時の最先端だったんだろうなぁと推察できます。
歴史的建造物は、当時の手仕事のぎっしり詰まった玉手箱のようで、意匠や色使いも含めてとても
惹かれます。

ひがし茶屋街をもう少しお散歩。
どのお店も新しい年を迎える支度は万端で、思い思いの門松が目に鮮やかです。
ド定番の門松から、さすが金沢…と唸るようなのまで。
洒落てますよね…

海鮮ものばっかりも飽きるので、晩は変化球にお肉を食べて大晦日の市場に備えます。


さて、明けて大晦日。
8 時前には近江町市場へ。
お目当てのお寿司屋さんの開店は 8am なので、どこで何を買おうか物色しながら時間を潰します。
炙りのどぐろ丼、だの海鮮全部盛り丼、だのとたらふく食べたらお正月のお使いをします。
八百屋さんであれこれ購入。
加賀れんこん、加賀春菊、金時草、立派な椎茸、柚子、わさび、蕪(大きかったぁ…)それから
生麩(蓬・粟)も買いました。
八百屋さんで、飾り用の五葉松とか南天とか買えるんだ〜南天は拙宅の犬走りに勝手に生えたのが
育ってきたから、買わなくても大丈夫 笑

加賀れんこんは帰宅したから花れんこんにして、生麩は煮ます。
炊いて出かけた煮〆と合わせて、元日には…こんな感じになりました ❤︎

日本海の冬の幸は、カニと鰤(ぶり)。
11月に納骨に行った時にはカニの解禁直後で、市場も街もカニフィーバーしてました笑
市場といえば新鮮なまぐろ!と思うのは、外海(太平洋)に向いて暮らしている人の話。
日本海で冬のおごちそうは何と言っても寒鰤!
我が家はみんな鰤大好きですから、買っていかない法はない!
この時期は必ず冊(さく)で売ってるので買って帰ります。
お刺身で、表面の色が変わりやすいので変わってきたらたたき(炙り)にしてポン酢で食べるのも
また一興…。
隣には立派な切り身に、カマも一山に3つ入って売ってます(安い)。

手前のイカも立派ですよね…
別の店で立派なゲソを山盛り買いました笑

混んできました。
わーっと買い物したので、さっさと退散します。
930am には、金沢東IC から北陸道に乗っていました。
だいぶ余裕があります…雪はあちこちに積んでありますが道路は乾いています…
1015am 寄り道して、白川郷(岐阜北部)に到着!
合掌造りに雪の残る、そんな山あいの冬の風景に出会ってきました。

驚いたのは、東アジア系の観光客の多いこと!
名古屋や、大阪あたりの大型観光バスが駐車場にひしめき合ってると思ったら…そういうことらしい。
五平餅かじりながら集落をぐるり散策、栃餅を見つけたので迷わず購入してプチ観光はおしまい。
1130am には白川郷を後にしました。

あとはひたすら走って東名の夕方の渋滞をギリギリ回避!6pm 前には家に着きました。
明けてお元日。
少しだけゆっくり起きてから、出汁をひいてお雑煮の支度をして、ささやかですがお祝い膳。
(我が家には雑煮椀がない…根来塗のデカいお椀でいただきます笑)

店主の家の年越し、慌ただしくも平和で穏やかなものとなりました。
こうやって年を越せたことに改めて感謝しながら…小正月に年末年始の記録を投稿します笑

「つなぐ」仕事

昨日は日中、家族の用件で他出していました。
巣鴨で独居の姉(88歳)の「元気なうちに姪や甥と会っておきたい」というたっての希望で、招集を
かけ(笑)、東京駅八重洲口から徒歩4分のホテルのレストランで膳を囲みました。

遠くは大阪、長野から駆けつけてくれました。
SNS などの手軽なツールが溢れ、電話で話すことすら少なくなってきた昨今、

「わざわざ」会う

すごくいい会でした。
姉は家で過ごすことが多く殆ど出かけないので、出先では自宅にいるときのような「すぐ横になる」
ことができず少々疲れたようですが、そんなの忘れてしまうほどに10人ほどで会って美味しく楽しく
過ごした時間は、彼女を元気にしました。
家族があって、今の自分があります。
虫がわく、といいますがその虫だって、理由(種)がなければそこにはわきません。
己がそこにあるのには、脈々と繋がってきた命の奇跡があるんです。
それを感謝できる、昨日はそんな会でした。

いわゆる食事会、肩肘張らずに出かけましたが女房殿は姉から譲り受けた着物で出かけました。
当日になってしつけ糸抜いてた…笑
まだ姉が仕事をしていた頃に作ったものですから、おそらく今の女房殿と同じくらいの年恰好の頃
作った着物でしょう。
姉は小さい人ですが、呉服屋さんに

「自分の着丈で作っちゃったら、誰も貰ってくれないよ!」

と忠告され、褄下こそ彼女のサイズですが、着丈も裄も不思議と気持〜ち短い程度。
クリーム地に毘沙門亀甲ベースの大島紬、米寿を口実に集まってもらったので何ともお誂え向き。
帯は私の母が締めていた名古屋帯を合わせて、朱の帯締めと金茶の帯揚げ(情報提供:女房殿)で
譲り受け三昧の装いが出来上がりました。

毘沙門天…七福神の一神に数えられ、財宝や福徳をもたらしてくださるという神様。
その甲冑の文様に使われているのがこの毘沙門亀甲。
譲り受けた人のお祝いの席で袖を通す…譲った人も譲られた人も、着物も嬉しい出来事でした。

姉は姉で、昨秋亡くなった兄(彼女にとってはすぐ下の弟)の嫁さんが縫ってくれたテイラーメイドの
コートを着て出かけました。
体に沿うように作ったその頃を思うと少し小さくなった姉ですが、当時の流行は肩パットがしっかり
入っていて、奇しくもそれに助けられ着姿はいい塩梅でした。
縁のある人が集まる日に、箪笥からそれを選んで袖を通す…いい話だと思いませんか?

***
この年末年始は、車を降りる話が何件も舞い込みました。
年齢的なもの、生活の変化…理由は様々ですが、お声掛け頂けてありがたいです。
我々が手塩にかけてお世話してきた車を、乗ってくださる/乗りたい方の元へ橋渡しができます。

「今と昔」時間をつなぐ、人と車をつなぐ、人と人とのご縁をつなぐ。
我々の仕事は、車を整えることだけではありません。
感性を研ぎ澄まして、研究を怠らず、倫理感も常に勉強しながら1台1台向き合っていきます。
それには、人に支えられる毎日を感謝できる心根がなければ。
昨日、膳を囲みながらそんなことを考えていました。

巣鴨地蔵尊通商店街

巣鴨で独居を続ける、88歳の夫の姉。
年始の挨拶方々、体調を伺いに行ってきました。
煮〆やら、かに玉やら、ラペやらおかずばっかり詰め合わせて持参、胃を 2/3 取ってるので食べ
られる量には限りがあるのですこ〜しずつお裾分け。
暮れの墓参などひと通り報告して、おいとましました。


時分どき、さぁ何食べよう。
場所は巣鴨…行くしかない『とげぬき地蔵』。

実は私、商店街に行くのは初めて!
オバチャンの原宿って話だけど、私ももうオバチャンの域…
っていうか、かなりの人出!

とげぬき地蔵(高岩寺)の門前、商店街には出店がちらほら出ています。
出店、一年中出てんのかな…匂いが悩ましいマジ美味しそうです。
屋台のあれこれでご飯済ませようと思えば済んじゃう気もしたのですが、イヤイヤやめとこ。

ちょうど昼で、食事ができそうな店は軒並み行列。
そんな中、すんごい回転の早い蕎麦屋があったので速攻入りました。
とげぬき地蔵尊前、創業100年の大橋屋さん。

海老天せいろなんて食べちゃった…美味しかった ❤︎

入店を待つ列がスゴいので、さっさと店を出ます。
食事の前に行列していた店、まだまだ激しい行列で…ココはとりわけ激しいけど何?
ココはとげぬき地蔵の聖地なの?笑
(そういう訳ではないようですが、この界隈に5店舗を展開する食堂のようです)

ときわ食堂

豆腐屋さんとさつまいもを使ったお菓子(大学芋・スイートポテト)を作るお店に立ち寄り、帰宅。
夫は半世紀ぶりくらいに足を踏み入れたようですが、昔からある店もチラホラあって懐かしがって
ました。
あちこちで売ってた『赤いパンツ』っての、あれは何だろう…

店主の初夢

朝食の支度、夫はよく手を貸してくれます。
昨晩のうちに(ホームベーカリーで)焼きあがった食パンを夫が切ってくれたのですが…

縦目じゃなくて、横目で切ったほうが切りやすいし、いいと思わない?
夢で見たんだよね。
ホラ、大きさといい塩梅良くないか?

え?
ソレ初夢かね 笑

どうでしょうか…
(きりわけちゃった後で、なんだかわかんない…)

我が家は頂き物で生きている…

お年始から、伊勢海老を頂きました。
お客様の会社の方が釣ってきた、とか。
イセエビ…食べたことあるだろうけど、少なくとも自分で台所で調理したことはないぞ。

3尾も頂いてしまった…1尾はまだ生きてる。
軍手をして、こんな時に助けてくれるのは YouTube 笑

殻から身を外すコツを教えてもらって、ずっしりプリプリの身が現れました。
オーブンで焼くことにします。
ニンニクみじん切りとイタリアンパセリをバターと合わせて、塩コショウしたエビに載せて焼きます。
彩りにパプリカ!赤みが差してま美味しくないわけないよね〜
頭の方も、2つに割って同じように味付け、グリルします。
仕上げにレモン汁を搾って…

キャー お い し そ う

***
別でカニも頂いたので、昨晩は思い切って!
カニミソたっぷり、ネギをうっすら焼いて合わせてペペロンチーノにしました。
美味しくないわけな〜い!ご馳走さまでした。

以前からそうですが、ありがたいことに頂き物で生きています。
普段は激しく粗食なので年末以来、胃がビックリしていることでしょう…

新年おめでとうございます

今年のお賀状は、16歳の娘が担当しました。
例年、競技中の写真をハガキにするのですが、まぁややマンネリ。
今年は3年ぶりに海外も復帰しようと画策中ですので、店主(私)と女房殿のクルー結成の年の
1ショットを、水彩で描いてもらいました。
場所はマン島、首都ダグラスのプロムナード(目抜通り)が顔見せ的なタウンステージになります。
この年は(も)雨で、慣れない中 見えづらい中 いきなりのナイトステージにオタつく中、初日を
走ったのを思い出します。

9年前、ずいぶん時間が経ちました。
店はどんどん若い人で切り盛りし、年寄りがでんと幅を利かせて『老害』オーラを撒き散らして営業に
支障が出ないように…
粛々と作業します笑

今年も変わらぬご愛顧を賜りますよう、お願い申し上げます。
若いスタッフ(メカ・ボディワーク)が店を引っ張り、盛り上げていく足がかりの年にしたいです。


もし、このタッチを好んでくださり、愛車を水彩で!というご用命がございましたら、絵の依頼も
受け始めていますので、お声掛け下さいませ。

免許

娘が、学校の試験休みを利用して原付免許を取りました。
先週は学期末考査、土曜日は練習会(1日走ってた…)いつ勉強すんのって感じです。
学期末の勉強の合間や、前日の日曜日に詰め込み詰め込み…で当日は5時起きで「裏校」へ笑

なんとか合格!午後は合格者を対象に講習があったそうです。
私は原付持ってないので知らないんですが(どうやって取るのかも知らなかった)、夫の時代は
原付受かったら、

「じゃ、乗っていいから」

帰って早速、先輩の Dax で練習…
そんな感じだったそうです。
今は親切で、安全でいいなぁ…って何度も言ってました。

両親(私と夫)は定休なので、銀行やら買出しやらを済ませて二俣川へ。
筆記に合格した娘と昼食をとり、午後 娘はがっつり講習、我々は試験場の駐車場に車を置いて
二俣川駅の駅ビルをブラブラしました。

国際免許の交付でしか二俣川にはいかないので、ここ数年はご縁もなくましてや電車では決して
行かないので、夫は16歳の原付以来(約半世紀前!) 私は初めての二俣川駅。
半世紀前にあんな駅ビルがあるわけもなく(曰く、試験場と駅以外何もなかった、と)。
私も夫も新鮮というか何というか…買い物は常にピンポイントなので。目的があって出かける買い物
では感じないのですが、まぁ商業施設に商品の溢れかえっていること!
私はまだ耐性がありますが(女ですから…でもないほうだな)夫は耐性ゼロ。
加工食品とかもウンザリするほど売っていて、こんなことも自分でやらないの?って思ったり。
2人して目が回るような心持ちでした。

雑貨屋さんで娘のスリッパを買い

店で昼食の時などに使っている箸を新調、作業の効率化のためにピーラー(大)を買いました。
コールスローとかキャロットラペとか、格段に楽になります…嬉しい…

黄昏時、娘は晴れて免許証を受け取って我々と合流、にたーっと笑いながら

つ か れ た ー

お祝いだから何か食べに行く?
と聞いたら、疲れたから家がいい…と。
なんだよーこっちはサボる気満々だったのにさーチェッ笑
家で生姜焼き食べました。
もちろんキャベツピーラー使いました。

娘の学校では、18歳の誕生日が来るまで免許の取得は認められていません。
事情を話して学校へ掛け合って、申請を上げ生活指導の先生との面談を経て、許可が出ました。
免許を持つということは、責任ある行動を求められるわけで、それに足ると判断されて免許が交付
されています。
ある意味、責任を実感したり意識したりするのに、有益なことだと思うんですけど。