去りゆく夏に、盛夏の小旅行のことを少々 ③

宿からは 5pm までに到着して欲しい、難しければ連絡を…と、リクエストがありました。
数分早かったのですがチェックイン(正面はこんな感じ)そして…「浴衣を選ぶ」ところから。
フロント脇の棚には5〜6色の浴衣(4サイズ)そして帯がやはり5〜6色(リバーシブル)並んで
いて、そこから好みの組み合わせを選んでから部屋へ通されます。

創業は明治5年。
池を囲むように数多くの棟を廊下が結び、その池には立派な錦鯉が悠々と泳いでいます。
(多くは文化財として登録されているそうです)
お部屋にはエアコンがありますが、廊下はこのように窓が開いて蚊遣りが焚かれています。
ガラスはおそらく当時のものが多く残っているようで、肉眼でよく見るとややウネウネしています。

皆が同じ部屋でと予約したので、前室もそこそこ広さのある和室に通されました。
広間の先にはくれ(榑)縁があり、テラス?には各々部屋にあるのかな?足湯の設備がありました。
窓の外には桂川、なっかなかの水量でいい音してまして、蝉の声となかなかの音量でした。
川向こうにはどうやら竹林を行く小径がある模様…
赤い橋、風情があります。

仲居さんに伴われ部屋へと通されると、お疲れでしょうまず一服どうぞ…とお茶を淹れてくれました。
私含め娘らも、初めての経験です…
お茶を頂く間に、いくつかある浴場(もち温泉です…)の入浴時間や宿の感染症予防対策などの
説明がありました。
早めに来てね(5pm までにというリクエスト)には、こういう説明やらおもてなしがあるから
なんですね。
ガサガサガサっ、ドサっ、ふ〜 が定番の我々には、目新しいこと。

この後の夕食/翌朝の朝食の時間を決めると、仲居さんは配膳の時間を告げて下がっていきました。
川の音を聞きながら足湯を使う者あり、早速お風呂へ行く者あり。
メインイベントの『上げ膳据え膳』まで思い思いに過ごします笑

さぁ、陽が傾いてきました…

去りゆく夏に、盛夏の小旅行のことを少々 ④ へつづく

去りゆく夏に、盛夏の小旅行のことを少々 ②

さて、かくかくしかじかで実家の面々と1泊旅行に行くことになった私と娘。

我々は正直、旅慣れている方だと思います。
ですが、どこへ行くにも「旅」が目的のことはほぼありません。
出張だったり、競技出場のための遠征だったりが殆どです。
従って、宿も機能重視。
旅のアレンジは専ら、私の仕事でして。
目的地に照らして利便性はどうか、必要にして十分か、費用はどうか、駐車場は潤沢かetc…
楽しく仕事をしてはいますが、限られた時間・限られた情報でさっさと決断する、地味に
プレッシャーです笑
例えば家族とかならまだしも、用件がラリーだとそれなりの人数が動くことも少なくなく…
行き先が海外となれば、なおのこと。
みなさんの意見というかレビューも最初は気になりましたが、概ね満足との感想。
鼻が利くというかセンスいいというか(自画自賛 笑)、ミスらしいミスはなくて。

で、今回。
面子もいつもとは全然違うし、何といっても『上げ膳据え膳の温泉宿』がお題。
旅のメインディッシュが『宿の滞在』…宿の選択が旅の成功を大きく左右するわけです。
+金額のバランス…修善寺ともなればピンキリ、見極めないと。

***
ただ宿へ行っても芸がないので、御殿場の『とらや工房』へ立ち寄ります。
ご存知の方も多いと思いますが、とらや工房のとらやは、あの『とらや』。
和菓子を素朴に、自然の中で楽しむ…これがとらや工房のコンセプト。
朝生菓子(どらやきや大福)や干羊羹は通年、季節には葛まんじゅうなど。
喫茶も併設されていて、軽食と甘味が四季の移ろいと共に味わえます。

御殿場市東山 政治家や資産家の屋敷や別荘が数多くありました。
とらや工房は東山旧岸邸(岸信介元総理の自邸)ほど近くにあります。
昭和初期に作られた山門が、私たちを誘います。

ゆるくアーチを描く建物は、お店とその奥の工房、喫茶スペースのテラス席とが一体になっています。

お店でお土産にするどらやきや干羊羹(ひようかん)と一緒に、喫茶でひと息つきたいので夏の
甘味を注文しました。
私は水羊羹(手前)、娘は抹茶蜜のかき氷(向こう)をオーダー。

曲げわっぱの盆に木の器、木の匙。
自然の素材は見ても使ってもしっくりくきて、そんな器で自然が手に届くところでいただく涼菓は
暑さをしばし忘れさせます。
優しい甘さが沁み渡ります。
美味しい。

遊歩道に沿って流れる小川には、立派なオニヤンマが何度も行き交っていました。
束の間の涼を楽しみ、竹林に送られながら山門を出ます。

御殿場から小1時間かけて、修善寺の宿へと向かいます。
去りゆく夏に、盛夏の小旅行のことを少々③ につづく

去りゆく夏に、盛夏の小旅行のことを少々 ①

8月の頭に、私の実家の面々(母、妹、妹の次女、三女)と私、娘とで1泊旅行に出かけました。
夫不参加、父も不参加、妹の亭主も不参加。
女ばかり6人、すんごい面子です。

***

母は2年前まで、在宅で姑(父の母=私の祖母)をずっとみてきました。
70代に軽い脳梗塞を経験しただけで特筆するような疾患はナシ。
年なりに物忘れや季節の変わり目に体調を崩したりしながらも、101歳まで生きました。
妹が介護職なので、母はそのサポートを受けて在宅介護をしたいたとはいえ、家を大きく空ける
こともできないし、(祖母が激しく内弁慶だったこともあり各種サービスはあまり使わなかった)
性分も手伝って、最期は病院でしたが最後の最後まで家で過ごすのをサポートしました。
まさに献身的、そして家を守る存在でありました。
多分それは現在も継続していて、隣に住む妹一家はどれだけ世話になっているんだか…

祖母が旅立ったのは、コロナがじわじわ広がりだして世界規模のパンデミックに発展する頃。
外出の制約を受け、面会制限などが敷かれる直前のことでした。
この春に3回忌を終え、まぁひと区切り。
母も心おきなく出かけられるようになったことだし…

おじいちゃんおばあちゃん(母の両親)の墓参りにお母さんお姉さんたちを誘って行ってあげない?
みんな年だしラストチャンスになるかも…

これは、いつも世話になりすぎている(予想)私の妹の発案。
母は4姉妹の末っ子で、一番上は11歳上の85歳。
(おそらく)生涯独身で未だ独居、なかなかの化け物っぷりですがでもいつまでもは続かない。
2番目3番目も、まぁ歳なりに体の不調や飼い殺している病気もあったり。
4人まとめて私と妹で、富士山の麓にある両親のお墓へ連れて行ってあげようか、という思いつき。
いつも母におんぶに抱っこの妹が、たまにはいいことを思いついたね…と感心したのも束の間…

なんと全員断ってきた笑
毎日手を貸してもらっている家族と泊りで出かけるならまだしも、滅多に会わない親戚とではもう
煩わしいのかな…
他に理由は思いつかないんだけどとにかく、それぞれが断ってきました。
妹の久方ぶりのクリーンヒットかと思いきや、盛大な空振りに。
皆が行かないなら、墓参りなんかいつでも行けんのよね。
といわけで話は振り出しに…さてどうする?
すると母は

「上げ膳据え膳の温泉に行きたい」

母のささやかな希望を叶えんがために、私が企画。
修善寺に宿を取りました。
修善寺といえば、明治の文豪たちも好んで逗留した古い温泉郷。
川沿いの『新井旅館』を予約しました。
建物の一部が、文化財に指定されているというこちらの宿。
どんなかな〜構造物マニアとしては期待が高まります。


少し涼しくなったところで、真夏の「慣れない」温泉旅行記、しばしお付き合いください。


Montre 2022 ふりかえりおまけ『工芸品』

リタイヤの翌日、HRCR ミニマムチームはドライブしながらグンマーを満喫。
上野村の『川の駅』に立ち寄りました。

川の駅…

初めて聞きました。
道の駅はあちこちあるけど、川の駅。
上野村漁業協同組合が運営しているそうです。
内陸で、漁業…
川で魚を捕る、鮎とかヤマメとかイワナとか、その類です。
神流川(かんながわ)を管轄しているようです。

よくある「道の駅」同様にトイレがあって訪れた人が休憩できるようになっています。
加えてココには工芸品を売る店『クラフトマンショップ こかげ』が併設されていました。
木工、竹工、草木染めなど、村で活動するクラフトマン(作家さん)の手仕事を販売しています。

竹製、目の細かめのざるを購入。
先日ステンレスのザルに勇退してもらったばかりなので、早速即戦力です(当たり前か)。
茹で上がったブロッコリー、初物の枝豆。
よけいに美味しそうに見えるのは私だけ?

フチもしっかりしていて、安定感があります。
日本の風土の中から生まれた竹工芸。
何より原材料(竹)が豊富にあるというのと、気候風土によく合っています。

旅先での出会いがあって連れ帰る(1つ売れる)ことで、作り手さんの仕事が続く。
売れなきゃ需要なし、ってことで廃れます。
昨年春に、娘の希望で小旅行をした時(木曽方面でした)に買い求めたのも、そう。
木曽ひのきのせいろ。
春のたけのこ祭りで拵えたシュウマイも、せいろのまま食卓へ出せば一丁前笑

その他にも、木曽漆器のちょっと深めのお椀とか、布貼りの鉢とか。
我が家の食事は器に助けてもらってる部分が大きいので(笑)、土地の工芸品とか、大ご馳走です。

話がそれましたが…
ちなみに台所を勇退したステンレスのザルは、フチからザルのヘリ(針金)が少し飛び出してきて
いて、私が手を切るから危ないと夫が肩を叩いた(笑)次第。
でも大丈夫、ステンレスのザルは再雇用され ますますタフに働いてもらいます。
再雇用先は…店。
これからは野菜や麺類に替わって、洗浄台やパーツクリーナーで洗った小物類を受け止めます。
ザルにあけてエアーで吹けば、たちどころに洗浄に使った灯油やパーツクリーナーも除去できます。


今日は庭の青しその初収穫(まだまだですから、梅雨のうちにグングン伸びてもらいます)。
こちらも放ったらかしで、苗を買ったのはもう5年前?たぶんもっと前です。
秋口、花が咲いたらちょっとだけ花穂・穂紫蘇を楽しんで、あとはひたすら枯れるまで放置。
引っこ抜くときに実(=種)を花壇の土の上で外して(種まき笑)…
今年はいっぱい芽が出ました。
夏の水やりだけ怠らないようにしないと汗

摘んだ青しその葉を、ザルで受けました。
ホラこれだけでもう美味しそう ♪
冷奴に、納豆に、喉ごしいい麺類に、梅と合わせて…涼を得るにもってこい。
夏バテ防止に、我が家はあればあるだけ使います。
今年は豊作の予感…

Montre 2022 ふりかえり⑤ そうと決まりゃぁ…

沿道で応援している人の前を、トラックに載った競技車が通り過ぎます。
「えぇぇ残念〜」的なボディアクションで、見送ってくれます。
リタイヤが決まりましたので、とっとと撤収します。
宿はあるのでもう1泊して、ゆっくり帰ることにしました。

折に詰めてもらったお弁当を、お部屋で頂きました。
なんなのこのサービス、やめられません…
リベンジの時は間違いなくココを選びます(しつこい?)。

翌朝、宿でとっととゼッケンも剥がします笑
イベントにもよるのですが、のりが手強いのとかまちまちで…さっさと剥がすに限ります。
前夜お弁当食べながら少し考えて、日曜は午前中この辺りをドライブ、早めに昼食をとって帰宅する
ことにしました。
クラブのロードラリーやツーリングに使えそうな、爽やかな道がたくさん。
見所も、食べ処もいろいろありそうです。
前日同様、Day2 のリエゾンも通ったので沿道で応援している皆さんの前もトラック積みで通過
しながら…笑
***
330pmグレイス着。
今回もミニはよく頑張りました。
最後まで残れなくてごめんね…

日本のステージが、いかにコーナー続きで車に負担かつくづく思い知らされます。
スピードはさほどでないのに、とにかくコーナーがキツくて車には酷い負担です。
ワークスチームとかは毎回フレッシュな部品を使えるだろうけど、こちとらかけられるお金は限られ
てるし、ましてや諸々テストも兼ねて走っているので…
とにかくミニは今回もよく走りました。
もーアメージングとしか言いようがないです。

今回の影の功労者、レッキで道を教えてくれたこの子。
女房殿こと私の、日常の足です。
出かける前に洗車しましたが、レッキでグラベルも走ってずいぶん汚れました。
早く帰ってきたことだし自宅へ戻って洗車。

今回のラリーふりかえりは、これにてお開きです。
最後に Montre 公式 facebookページに掲載された、SS2 でのミニの勇姿をご覧ください。

旅のおまけ “土地に詳しくなる”

ラリーで出かけると、

宿との往復
クルーはラリーのコースをグルグル走る
サービスなどは買い出しやらで奔走
万一、ステージで何かあったらサービス出動

そんなこんなで、行った先の土地にピンポイントで妙に詳しくなります。
ラリーは時間に支配されるスポーツなので、食事がとかくなおざりになりがち。
サンドイッチかじって、おにぎりほお張って済ませる、運が良ければサラダ…この程度。
なので、せめて夜はせっかく遠くに来てるから何か美味しいもの食べたいなぁ、って思ってます。
ロケーション的に可能/不可能はありますが…

これまで2回のラリー丹後で使ってた宿が改装するとかで、頃合いの宿を紹介してもらいました。
場所は『網野町』、日本海沿いのいわゆる 漁村。
どんなところだろう…
ひとまず私は、行くことが決まったらまず!どんなところか、あと食事処を割としっかり調べます。

網野町。
なかなか趣のある土地みたい。
『丹後国風土記』に『浦島伝説』の記載があるんですね。
だから、宿のお部屋の名前が『浦島』『乙姫』『福島』なんてついてたんだ。

参考までに『福島』は、水江浦嶋子(みずのえのうらしまこ:俗に言う浦島太郎)が乙姫様と出会った
場所のことだそうです。
あ、もしご存知ない方がいたら…
浦島太郎は、上を見てうっすらわかるかしら…浦 島太郎です。
浦島さんじゃ、ないんだな笑
(ってなると、お部屋の名前はヘンだね笑)

余談ですが、この話をすると毎回、森鴎外の本名『森林太郎』を 思い出す私。
森鴎外の本名は 『森 林太郎(モリ リンタロウ)』です。
私の実家は三鷹でして、禅林寺ってお寺に森鴎外のお墓があるんです。
墓石には『森林太郎』と刻まれていて、ずーっとシンリン タロウ だと思ってました笑
禅林寺には玉川上水で入水した太宰治のお墓もあり、そっちはいつもお花が上がったりしてるんです。

***
さて、脱線しましたが土地に詳しくなる話。
食事は重要です。
ラリーは郊外/地方へ赴くことが多いので、願わくば土地の食材やお料理を頂きたい…
ココは漁村ですから、当然海の幸 ❤︎
下調べするうちに…網野町、なかなかイケてる予感。
3日しか滞在しないのに、それを上回るメシ屋が候補に上がり期待が高まります。
あとはラリーが順調に運んでくれれば、晩ご飯の時間はちゃんと取れるはず。

到着した日( 5/19 木 )
先発組はサービスの設営など済ませ、後発組(私と娘)の到着を待ってからの食事だったので、
割と遅くまでやってる町の中華屋さんへ。
日本海側、蟹が獲れる ❤︎
看板メニューは『蟹飯麺』蟹みそも程よく効いてて、かーなーりー美味でした。
2日目以降は、また改めて。

ラリーふりかえり “メカニック”

ラリー丹後2022 おかげさまで念願の完走を果たし、昨深夜帰還しました。

往路も復路も、往路は1回復路は夕食と給油で2回、片道600km を軽快に移動しました。
もちろん道中も楽しみながら…
その辺りはまた後日、旅のおまけででも。

今回、丹後は3回目。
1回目はフツーに走って、2回目は12インチで臨んで、どちらももたなかった。
今回は満を持して、タイヤは車体と一番相性のいい10インチ、
足回りのセッティングを見直しました。

日中のサービスでタイヤを前後ローテーション。
結果、足はバッチリ!でもタイヤはギリギリ
さらに煮詰める必要がありそうですが、走りきったことで大きなヒントを得ました。

ずいぶん前なんだな

これは 2016 Rally Isle of Man 。
ミニがグランドスタンドに20台以上並んで、圧巻でした。

ダグラス市長を表敬訪問した年…
そうレッキの合間を縫ってみーんなノータイで行っちゃった、アレです。
市長と奥様は『メダル』…

スタートの日も、00カーのコドライバーをつとめてらしてノリノリでした。
レーススーツに『メダル』…笑

“Team Japan” があちらのコミュニティで定着し
…と思ったら、Rally Isle of Man は中止 ➡︎ 消滅するわ、世界規模のパンデミックだわ
コロナ明ける(梅雨みたいだ笑)と思いきや、ウクライナ x ロシアだわ…

5月にManx National Rally ありますけど、行かれないし。
マン島の定宿 Sefton Express からは、

「今年は何部屋抑えたらいいの?」

とかメール来ちゃうし。
(申し訳ないけど繰り越しといて、って丁重にお願いしました)

やれやれ。
つまんないから、動画でも見てしのぎます…

そうだ、お墓行こう2021年末④

新しい年を、雪国で迎えました。
この家に嫁いで、ご縁のできた土地です。
代々の『お墓』がある、ただそれだけ。
今ドキ、いろいろ簡略化されたり、価値観の変化から墓参だけの為に片道600km も車を飛ばしていくなんて、ナンセンスな〜 って思う方もいるかもしれません。

今の自分、今の家族が今の形であるのは、人と人とのご縁が連綿と繋がってきたから。
だから先人に思いを馳せ敬うのは、人としてごく自然なことだと思っています。
それが、知っているご先祖さんでも、もっと先の知らないご先祖さんでも。

個人的には、お墓ポッキリでこの土地とご縁ができたことを、密かに嬉しく思っていて。
今でこそすっかり遠のいていますが、若い頃はお茶のお稽古をしていたので、加賀(金沢)は憧れの土地でした。
京都とはまた趣の違う文化の詰まった金沢は、とても興味がありました。
でも自分の住む関東とは、険しい山脈を挟んで日本列島のあちらとこちら。
その当時は新幹線も通ってなかったし、とても遠い場所だったんです。

それが、嫁した家の代々のお墓が石川県にある!
で、年イチくらいでかの地を訪れるように。
とはいえ、墓参だけの為に片道600km は遠すぎますj。
しかるべき時が来たら、お墓の引っ越し計画もまだ朧げではありますが、立てています。

でも皆のルーツに変わりはなし(ちなみに私は他人です笑)足繁く通ったことですっかり
馴染んだ土地となり、毎度伴っている娘にとっても縁の深い場所になることでしょう。
彼女が大人になって、家族を持ち家を担う存在になる頃に、ゆかりの土地を訪ねて伝えて
くれれば、ご先祖を大切にする気持ちはまた次へと継がれていくんじゃないかな。

良くも悪くも、形のないものが伝わるのは地道であったり時間もかかるし、まさに積み重ね。
家風だったり、価値観だったり、伝統だったり。
人と人とのつながりが希薄になってきた今だから。
粛々と続けて尊んでいきたいと思っています。

***

雪国で迎えた 2022 元日。
帰宅の日でもあります。
健康上の理由から施設でお世話になっている夫の長兄に、墓参の報告がてら面会を申し込んで
ありました。
雪深いエリアを超えねばならないので、早くに出発。
ラリーで劇早のスケジュールには慣れっこですから、630am 発なんてちょろいもんです。

で、朝食は?
コンビニ笑

大晦日の加賀会席から一転、車中でサンドイッチをかじりながら、まだ明けきらない金沢の
街をあとにします。

そうだ、お墓行こう2021年末⑤ へつづく

そうだ、お墓行こう2021年末③

腹ごなしにドライブ(ちっともならなかった)します。
夫が大昔に親戚と行ったっきりの和倉温泉郷。
どうなってるんだろ…

のと里山海道で能登半島へ。
この自動車専用道路ができたおかげで、和倉へのアクセスは抜群に向上した模様。
記憶よりずいぶん賑やかになった感がありながら、どことなく斜陽の雰囲気も…
頑張りすぎないほうがいいんじゃないかなぁひなびてるのも一興だよ。

戻る道は一般道で…なかなかの降りっぷり。

昨日お参りしたお墓の脇を通るので、連泊してることだし雪を下ろしていくことに。
墓石から何からすーっぽり雪に埋もれて、お供えした花はかわいそうに凍ってました。
雪かきしてあるお墓など他にナシ…自己満足。
2度もお参りして、きっと見ていてくれるよね( ヨコシマ…笑 )

***

さぁ目玉イベントの一、加賀会席です。
会場はレストランではなく宴会場。
ホテルでお食事だから、娘も私も靴と服を考えて持参するも…
周りを見るとスノーブーツの人散見、でもまぁ食育の一環ってことで。

お向こう

煮物椀は 名物治部煮
すだれ麩を必ず使います。

焼き物はのどぐろ、敷いてあるのはごぼうの細切りを素揚げしたものでした。
実はこの後に揚げ物(天ぷら)がありましたが、がっついてしまったため気付いた時には
すでにお皿は空っぽ…

西のぶり大根は色合いが薄いんですね…
関東の醤油ベースに馴染んでいる者としては、とっても新鮮。

シメには能登牛の握りと、年越し蕎麦に『にしんそば』。
京都ばかりかと思ってましたが、金沢でもいただけました。

金沢の冬が詰まったお料理の数々。
頑張ったこの1年、ご褒美の晩餐でした。
大晦日にこんなお食事ができるってことは、この間にもこの食事に携わってる人が沢山いる。
だから我々こんな思いができる。
食事を終えて席を立ち、フロアにいたお給仕の人たちに食事が美味しかったことを伝え、

「良いお年を」

と、思わず声をかけました。



部屋へ戻ってから。
夫と娘は映画を1本観て、私は11月末に吹っ飛んだウェブサイトの構成と文言を考えるのに
机に向かっていました。
外はしんしんと雪、そんな2021年越しでした。

そうだ、お墓行こう2021年末④ へつづく