遅いお正月

娘の仲良しちゃんのお母さんと、着付けの稽古をしています。
私がたまに着物を着ることを子どもづたいに聞いた彼女から、
「着付けを教えて欲しい!」
と言われたものの、我流だし教えるというのもナンなので日を決めて一緒に着よう!
ということにしたのが約1年前。
彼女には、子らの中学の卒業式に着物で列席したい!という目標があって。
1年計画で、月イチで集まってきました。

拙宅へ午前中から来て、簡単に昼食を用意して子らと4人で。
おしゃべりしたりお茶したりしながら、とっぷり日が暮れるまで。

一応、年のはじめでしたからお正月っぽくしようかな…
お点心っぽくしたいけどでも家でするには限りもあるし…
前日ちんたらあれこれ作って、当日は盛り付けるだけにしました。

瓢の物相型なんか滅多に出番ないので、ここぞとばかりに。
炒り卵と菜の花で、春らしくしたつもりだけどどうでしょう。
ねじり梅はちょいとエッジが効きすぎてるかね…もうちょっとやんわりすりゃよかった笑

吸い物椀がないので普段使いのお椀で、蟹しんじょを作ってそれっぽくお出ししました。

うん、急ごしらえだけどまぁまぁかな。
ご酒こそ出しませんが、なんとなく名残のお正月。


月に1度でも、まさに継続は力なり。
最初はどうにか着た(本人談)感じでしたが、着られるようになった(本人談)と
実感しているそうです。
スマ〜トフォンに写真を残してあって、差は歴然だと言ってました…よかったよかった。
その一方で、感染症拡大を防ぐべく世間が再々萎縮してきていて…
卒業式の保護者列席 1名 とか言われそうで笑

そうなったら、私は夫に列席してもらうつもりです。

大寒BBQ

思いつきで、今日のお昼はお肉を焼きました。
極寒BBQ…
女房殿がスーパーでそら豆を見かけたので(初物だ!)皮ごと焼きました。
粒は小さかったけど、塩をパラリ…美味だったそうです。
(都合で出遅れたので、私の口には入らなかった!)

焼き芋も密かに仕込んであります…
でも、直にアルミ箔を巻いたので(濡れ新聞紙で包んだ方が焦げづらく蒸し焼きになるって)
皮がやや炭化…
でも、ほっくほく❤︎

おむすびをこしらえてきてくれました。
お肉は
鶏モモを    生姜醤油+みりんで漬けてネギと一緒に
豚バラは    ①素焼き→塩+レモン ②手前味噌で作った甘味噌
牛切り落としは ①素焼き→塩+レモン ②焼肉のタレ
そのまま食べてよし、サンチュで巻いて食べてよし、なかなかでした。

年明けからこのかた、年末のせわしさそのままに皆にはせわしい思いをさせているので、
労う気持ち…で、思いつきBBQ。

そうだ、お墓行こう2021年末④

新しい年を、雪国で迎えました。
この家に嫁いで、ご縁のできた土地です。
代々の『お墓』がある、ただそれだけ。
今ドキ、いろいろ簡略化されたり、価値観の変化から墓参だけの為に片道600km も車を飛ばしていくなんて、ナンセンスな〜 って思う方もいるかもしれません。

今の自分、今の家族が今の形であるのは、人と人とのご縁が連綿と繋がってきたから。
だから先人に思いを馳せ敬うのは、人としてごく自然なことだと思っています。
それが、知っているご先祖さんでも、もっと先の知らないご先祖さんでも。

個人的には、お墓ポッキリでこの土地とご縁ができたことを、密かに嬉しく思っていて。
今でこそすっかり遠のいていますが、若い頃はお茶のお稽古をしていたので、加賀(金沢)は憧れの土地でした。
京都とはまた趣の違う文化の詰まった金沢は、とても興味がありました。
でも自分の住む関東とは、険しい山脈を挟んで日本列島のあちらとこちら。
その当時は新幹線も通ってなかったし、とても遠い場所だったんです。

それが、嫁した家の代々のお墓が石川県にある!
で、年イチくらいでかの地を訪れるように。
とはいえ、墓参だけの為に片道600km は遠すぎますj。
しかるべき時が来たら、お墓の引っ越し計画もまだ朧げではありますが、立てています。

でも皆のルーツに変わりはなし(ちなみに私は他人です笑)足繁く通ったことですっかり
馴染んだ土地となり、毎度伴っている娘にとっても縁の深い場所になることでしょう。
彼女が大人になって、家族を持ち家を担う存在になる頃に、ゆかりの土地を訪ねて伝えて
くれれば、ご先祖を大切にする気持ちはまた次へと継がれていくんじゃないかな。

良くも悪くも、形のないものが伝わるのは地道であったり時間もかかるし、まさに積み重ね。
家風だったり、価値観だったり、伝統だったり。
人と人とのつながりが希薄になってきた今だから。
粛々と続けて尊んでいきたいと思っています。

***

雪国で迎えた 2022 元日。
帰宅の日でもあります。
健康上の理由から施設でお世話になっている夫の長兄に、墓参の報告がてら面会を申し込んで
ありました。
雪深いエリアを超えねばならないので、早くに出発。
ラリーで劇早のスケジュールには慣れっこですから、630am 発なんてちょろいもんです。

で、朝食は?
コンビニ笑

大晦日の加賀会席から一転、車中でサンドイッチをかじりながら、まだ明けきらない金沢の
街をあとにします。

そうだ、お墓行こう2021年末⑤ へつづく

そうだ、お墓行こう2021年末 ①

以前のブログで、シリーズ化?していた『そうだ、お墓行こう』。
残念ながら記事は飛んじゃいましたが、また抜け抜けと書きますのでお付き合いください。



これまでの『そうだ、お墓行こう』シリーズをご存じない方へ、基本情報笑

氣谷の家は石川県の出、本家です。
店主こと夫の、その父の代で、長男でありながら東京へ出てきましたが、お墓はかほく市に、
菩提寺はお隣の津幡町にあります。
墓守他 家のことは専ら夫の長兄が担っていましたが、令和に元号が変わった年、健康上の
理由から夫が一手に担うようになりました。
これまでも墓参りには行っていましたが、ちょいと役目が変わってきたと申しますか…



2021年12月29日
年行事の暮れのパーティーをいつもの場所でささやかに開き、駆け抜けた1年を気の
置けない仲間と振り返りながら楽しく過ごし、今年の『仕事』を締めくくりました。

2021年12月30日
個人として今年を締めくくるべく、暮れの墓参へ。
もはやこちらも年行事となりつつあります。
パーティーの翌早朝( 430am )発、年の瀬寒波/大雪と予想されていますが出かけます。
新東名島田市付近、東の空が白んできました。
2021年最後の日の出です。( ← こっちはもてはやされませんよね)

通常、新東名から東海環状自動車道へ抜けるのですが、新城手前のトンネルで前日夕方に
事故から火災が起き、肝心な JCT までの箇所が通行止に!
なんてことだ…迂回を余儀なくされ、2時間弱のロス。
今回は、夫も若くないし( 62歳)今年の後半はいつになくせわしかったので、これまでの
ような1泊とんぼ帰り(12/31 帰宅)はやめにして、2泊することにしました。
なので、出だしで少々つまづいても大丈夫…幸いその後の交通はいずれも順調でした。
(確かに大雪でしたが、いろいろと上手くいきました)



日本列島はホント、場所によって天気が激変します。
アクシンデントがなければ、すぐ上の画像 島田市から大体2時間半、距離にして270km。
ここは岐阜県高山市…標高 1,000m くらいあるからまぁ当然か。

でもって、1時間走れば…富山県南砺市では この通り。



さて墓参を済ませてホっとして、いつもの店でお昼を頂きます。
亀屋さん お蕎麦屋さんです。
これは 2017年夏の墓参り。

どれを頂いても美味しいし、店の佇まいといい器といい、飾りすぎずでもとっても洒落てて
皆で気に入ってて、墓参の折には必ず立ち寄ります。
天丼とせいろのセットがスゴかった!
お蓋が閉まらないくらい…

菩提寺へも挨拶を済ませ、ひと通り役は済ませました。
今回の宿は金沢城大手門跡から程近い、観光スポットにも歩いて行かれるホテルにしました。
年末年始の暴飲暴食はもう前日から始まっており…
チェックイン後、今後に備えて腹ごなしがてら散歩に出かけます。
夕方から市街地でも雪の予報ですから、もちろん足元はガッチリ!持参のスノーブーツで。

ホテルの裏手から少し歩くと、久保市乙剣宮(神社です)の脇道から金沢の三茶屋街の一、
主水町茶屋街へ続く石段が現れます。
ここは『暗がり坂』と名が付いています。
ずっと来たかったんです…

その昔、旦那衆がいそいそと、馴染みのお茶屋に通った道なんですって。
石段を降りて道なりに進むと程なくして突き当たり、道が左右に振られお茶屋さんが軒を
連ねている、というワケ。

右端に見える、枯れた赤銅色の細かい格子。
金沢の町屋建築の特徴的な格子の割り付けが細かい出格子で、『木虫籠』(きむすこ)
といいます。
断面は台形になっていて、室外に向いた面の方が室内に向いている方より長さがあります。
つまり外からは仲が見えづらく、中からは外が見えやすい、という構造です。
この後行くひがし茶屋街にも、一部残っています。
景観を保つために、この雰囲気を模した作りにしてリフォームをしている店舗もあります。

ひがし茶屋街は昨年も訪れていますが、こちらは観光地としてバッチリ整備されています。

なんだか長くなってきたので…
続きは日を改めて。