Montre 2022 ふりかえり②「グンマー好き ❤︎」

レッキを終えて、店主ことうちのドライバーのひと声です。
私(コドライバー)的には悪路を、難所を的確に伝えられるか不安でしかなかったのですが、車を
動かす運ちゃんは、群馬の林道かなりの好感触だったようです。
「酷い砂利がどれだけあっても、その下が堅ければ蹴っていけるから全然っ」…だそうです。

県道45号 → 県道93号、それから国道299号を Day1 は使ってステージを巡ります。
45号を下仁田方面から走っていくと、こういう雰囲気の民家が目立ちます。
木製のベランダ、的な。
(余裕がなくて撮れなかったので、コレは Google のストリートビューです)
建物とか、廃墟とか(ココは廃墟じゃないけどっ!)猛烈に惹かれる私は、違った意味でグンマーが
気になってきました。

養蚕も盛んだったようです。(世界遺産になった『富岡製糸場』も近うござんす)
糸になる、その手前にはお蚕さんが必ずいるわけで、ちゃんと養蚕の文化や知識継承をするべき
だと思うんですけどね…
産業遺産をきちんと遺せない国ですよね日本は、つくづく…
蒸気機関車だって SL広場 とかいっちゃって静態保存(という名の置き殺し)ですし。
我が家がお使いものにしたり(それ以前に家族皆好物)する甘納豆『おもや』さん、小山台店の
おかみさんが嘆いているのを聞いたことがあります。
進物用の竹籠に「ビク」と呼んでいた丸型のものがあるのですが、それがもう在庫限りだと。
作り手が高齢で、技を伝承できないまま辞めてしまうと言ってました。
国はお金を使うところを間違っている、連綿と続いてきた技術が我々の時代で途絶える、と。
(ちなみにこれは一昨年の秋にボヤいておられたので…)
もっと言うと、吉野町の本店は今年(2022)3月をもって閉店…

脱線…

今回の宿は、群馬サファリパーク(サービスパーク)からほど近い場所。
実は富岡市は宿泊施設がとても少ないらしく、早々にココに目をつけ抑えた私を褒めて欲しいところ
です。
大浴場もあり、2食付き。
木曜夜に到着し、明けたら居室の窓からはこんな景色が見えました。

群馬のラリーはレッキもタフだし、ステージデータのないエリアなので時間が読めません。
なので食事は全て宿でお願いすることにしました。
お野菜が特に美味…画像では当然伝わりませんが、ついついお櫃のごはんが進みます。

食堂の営業は 8pm まで。
ビジネス向けに、8pm をまわるケースには折り詰めにて対応してくれるんです!
ありがたい… Day1(土曜日)は折り詰めでハナからお願いしました。
至れり尽くせり。
次、またこの辺りに来ることがあったら、迷いなくココを使います笑

宿から程近いところには、いわゆる Historic Site もあります。
小幡地区は、鎌倉〜戦国時代に豪族小幡氏が治めて栄えた場所だそうです。
のちに小幡藩と呼ばれたこのあたりは、織田信長の次男が領地として与えられたことで知られる
そうです(もちろん知らなかった…)。

レッキしていても道は走りやすく、興味深いところもたくさん…
しかも圏央道がだいぶ来たので、我々の住む横浜あたりからは格段にアクセスが良くなりました。
(3時間かかりません)
さぁ、すっかりこの辺りの虜になったところで、本戦が始まります。
お天気はイマイチ、午後から崩れるようです…

Montre 2022 ふりかえり③ へつづく

そうだ、お墓行こう2021年末④

新しい年を、雪国で迎えました。
この家に嫁いで、ご縁のできた土地です。
代々の『お墓』がある、ただそれだけ。
今ドキ、いろいろ簡略化されたり、価値観の変化から墓参だけの為に片道600km も車を飛ばしていくなんて、ナンセンスな〜 って思う方もいるかもしれません。

今の自分、今の家族が今の形であるのは、人と人とのご縁が連綿と繋がってきたから。
だから先人に思いを馳せ敬うのは、人としてごく自然なことだと思っています。
それが、知っているご先祖さんでも、もっと先の知らないご先祖さんでも。

個人的には、お墓ポッキリでこの土地とご縁ができたことを、密かに嬉しく思っていて。
今でこそすっかり遠のいていますが、若い頃はお茶のお稽古をしていたので、加賀(金沢)は憧れの土地でした。
京都とはまた趣の違う文化の詰まった金沢は、とても興味がありました。
でも自分の住む関東とは、険しい山脈を挟んで日本列島のあちらとこちら。
その当時は新幹線も通ってなかったし、とても遠い場所だったんです。

それが、嫁した家の代々のお墓が石川県にある!
で、年イチくらいでかの地を訪れるように。
とはいえ、墓参だけの為に片道600km は遠すぎますj。
しかるべき時が来たら、お墓の引っ越し計画もまだ朧げではありますが、立てています。

でも皆のルーツに変わりはなし(ちなみに私は他人です笑)足繁く通ったことですっかり
馴染んだ土地となり、毎度伴っている娘にとっても縁の深い場所になることでしょう。
彼女が大人になって、家族を持ち家を担う存在になる頃に、ゆかりの土地を訪ねて伝えて
くれれば、ご先祖を大切にする気持ちはまた次へと継がれていくんじゃないかな。

良くも悪くも、形のないものが伝わるのは地道であったり時間もかかるし、まさに積み重ね。
家風だったり、価値観だったり、伝統だったり。
人と人とのつながりが希薄になってきた今だから。
粛々と続けて尊んでいきたいと思っています。

***

雪国で迎えた 2022 元日。
帰宅の日でもあります。
健康上の理由から施設でお世話になっている夫の長兄に、墓参の報告がてら面会を申し込んで
ありました。
雪深いエリアを超えねばならないので、早くに出発。
ラリーで劇早のスケジュールには慣れっこですから、630am 発なんてちょろいもんです。

で、朝食は?
コンビニ笑

大晦日の加賀会席から一転、車中でサンドイッチをかじりながら、まだ明けきらない金沢の
街をあとにします。

そうだ、お墓行こう2021年末⑤ へつづく

そうだ、お墓行こう2021年末③

腹ごなしにドライブ(ちっともならなかった)します。
夫が大昔に親戚と行ったっきりの和倉温泉郷。
どうなってるんだろ…

のと里山海道で能登半島へ。
この自動車専用道路ができたおかげで、和倉へのアクセスは抜群に向上した模様。
記憶よりずいぶん賑やかになった感がありながら、どことなく斜陽の雰囲気も…
頑張りすぎないほうがいいんじゃないかなぁひなびてるのも一興だよ。

戻る道は一般道で…なかなかの降りっぷり。

昨日お参りしたお墓の脇を通るので、連泊してることだし雪を下ろしていくことに。
墓石から何からすーっぽり雪に埋もれて、お供えした花はかわいそうに凍ってました。
雪かきしてあるお墓など他にナシ…自己満足。
2度もお参りして、きっと見ていてくれるよね( ヨコシマ…笑 )

***

さぁ目玉イベントの一、加賀会席です。
会場はレストランではなく宴会場。
ホテルでお食事だから、娘も私も靴と服を考えて持参するも…
周りを見るとスノーブーツの人散見、でもまぁ食育の一環ってことで。

お向こう

煮物椀は 名物治部煮
すだれ麩を必ず使います。

焼き物はのどぐろ、敷いてあるのはごぼうの細切りを素揚げしたものでした。
実はこの後に揚げ物(天ぷら)がありましたが、がっついてしまったため気付いた時には
すでにお皿は空っぽ…

西のぶり大根は色合いが薄いんですね…
関東の醤油ベースに馴染んでいる者としては、とっても新鮮。

シメには能登牛の握りと、年越し蕎麦に『にしんそば』。
京都ばかりかと思ってましたが、金沢でもいただけました。

金沢の冬が詰まったお料理の数々。
頑張ったこの1年、ご褒美の晩餐でした。
大晦日にこんなお食事ができるってことは、この間にもこの食事に携わってる人が沢山いる。
だから我々こんな思いができる。
食事を終えて席を立ち、フロアにいたお給仕の人たちに食事が美味しかったことを伝え、

「良いお年を」

と、思わず声をかけました。



部屋へ戻ってから。
夫と娘は映画を1本観て、私は11月末に吹っ飛んだウェブサイトの構成と文言を考えるのに
机に向かっていました。
外はしんしんと雪、そんな2021年越しでした。

そうだ、お墓行こう2021年末④ へつづく

そうだ、お墓行こう2021年末②

その①は こちら

12月30日 つづき
旦那衆が主水町(かずえまち)の馴染みのお茶屋へ通ったという、暗がり坂…何とも艶っぽい名前が付いていますが、そこを抜けると浅野川に出ます。

川に沿って少し歩いて、橋を渡って大通りを渡ればそこはひがし茶屋街。
観光スポットとして、かなり整備されています。
いろんなお店にリフォームされているので、佃煮やらいしるやら、金沢の味わいをパラパラ
買いました。
佃煮はごりやくるみがこのあたりは定番。
いしるというのはいわゆる魚醤で、日本三大魚醤に数えられるのがこの能登の『いしる』。
去年買い求めて、ハマりました。

さぁ今日の晩ご飯はどうしよう。

明日は12月31日。
少し調べましたが流石に営業しているお店を見つけるのは大変そう。
大晦日に土地勘のない雪国で路頭に迷うのは勘弁なので、ホテルで夕飯を予約しました。
予感はしていましたが年越し会席一択、加賀会席をいただきます。
明日の朝(大晦日)は、これも年行事近江町市場へ行き、朝から海鮮丼と決めてる。

で、今晩はどうしようかな。
海鮮三昧の予感がするから、ココはお肉… ❤︎
数年前に行ったステーキのお店へ行くことにしました。
あったあった…

そうそう、白いご飯をガーリックライスに変えられるのよね…
今夜も暴飲暴食…

満腹で外へ出ると、ずんずん雪が降っていました。
ホテルまで歩いて帰ります。
朝になったら、また食べる…年末年始はどうにも食べ通しでいけません。

この雰囲気のいい町家は、リノベーションしてゲストハウスとして使われています
1階が共有スペース、2階が客室4部屋。
こういうところに泊まってみるのもいいかもしれない…。


***
明けて大晦日。
計画通り、近江町市場へ。
朝っぱらから海鮮丼〜

さすが、北の海を背負う金沢のお台所はダイナミック!
岩ガキ、ボタンエビそしてもちろん加能ガニに香箱ガニ…
あと忘れちゃいけないのは…寒鰤。
毎年サクで買って、家で美味しく頂いています。
高級魚のどぐろも名物なのですが、値も張るしどうやっつけていいかもわからないので、
手は出しません笑

あとはパラパラ…加賀れんこんと源助大根を買いました。
お世話になってる人に送ったり、棒寿司を土産に買い求めたりして、年の〆と迎春準備。
あぁ気が済んだ笑

***

雪の合掌造りを見てみたくて雪がガンガン降る中、五箇山へ行ってみます。
白川郷から先は通行止ですが、五箇山へは高速道路も通ってるし…
結果から言うと大失敗。
集落にアクセスはおろか、五箇山インターそばは地形の都合か地吹雪状態…
前が見えずに動けなくなるかと、雪の中を運転したことのない私は一瞬焦りました。
集落は諦めて、以前にも訪れたことのある『岩瀬家』へ。
以前に訪れた時には、どんな場所だったか詳しく書いたんだけどな〜消えちまった笑
加賀藩に塩硝(火薬材料の一)を製造して納めていた五箇山の、納品取りまとめ役だった家。

街道に向かって、いわゆる掌を合わせた格好の象徴的な景色が見えるようには建っておらず。
駐車場であろう場所もすっぽり。
でもなんだか人出が多いし車もパラパラ来る。
こんな時に、ウチらみたいな好き者がいたもんかね…と思いつつも、どうも様子がおかしい。
鐘がなった…正午…
あ、隣はお寺さん。
よく見ると集まった人は皆、黒いネクタイをして黒い装束、足元はゴム長。
そっか、お弔いなんだ。
この大雪の中、山あいの観光地に来るヤツなんていないか。
雪にすっぽり覆われた合掌造りを見たければ、高速道路の雪が消えるくらいでないときっと
無理なんですね…アクセスできない…

***
金沢市内へ戻ってきました。
晩は初体験の加賀会席ですから、万全の状態(お腹を空かせて笑)臨まねばなりません。
かといって、昼を抜くのもどうかなぁ
移動しながら、つるっと食べられるうどん屋を探します。
ちょいと惹かれるお店を発見、アクセスも良さそう。
8号バイパス沿い 七味家。

結果、具沢山ハフハフしっかり食べることになってしまったのですが、
鍋焼きうどん
おじやうどん
仕上げはカウンターの向こう(写真)でグツグツ…最後に卵を割りいれて完成。
夫の食べてたおじやうどんは、文字通りうどんとおじやが1つの鍋に。
うどんを先に食べれば、その間にご飯が汁を吸っていい塩梅だったそうです。
…ま、そんなに私は食べられませんが。

でも、お気に入りのお店が増えた❤︎
また来よう。

なんだか食べ通しで、次も食べ物ネタなので…ここいらで一旦区切ります。
そうだ、お墓行こう2021年末③ へつづく

そうだ、お墓行こう2021年末 ①

以前のブログで、シリーズ化?していた『そうだ、お墓行こう』。
残念ながら記事は飛んじゃいましたが、また抜け抜けと書きますのでお付き合いください。



これまでの『そうだ、お墓行こう』シリーズをご存じない方へ、基本情報笑

氣谷の家は石川県の出、本家です。
店主こと夫の、その父の代で、長男でありながら東京へ出てきましたが、お墓はかほく市に、
菩提寺はお隣の津幡町にあります。
墓守他 家のことは専ら夫の長兄が担っていましたが、令和に元号が変わった年、健康上の
理由から夫が一手に担うようになりました。
これまでも墓参りには行っていましたが、ちょいと役目が変わってきたと申しますか…



2021年12月29日
年行事の暮れのパーティーをいつもの場所でささやかに開き、駆け抜けた1年を気の
置けない仲間と振り返りながら楽しく過ごし、今年の『仕事』を締めくくりました。

2021年12月30日
個人として今年を締めくくるべく、暮れの墓参へ。
もはやこちらも年行事となりつつあります。
パーティーの翌早朝( 430am )発、年の瀬寒波/大雪と予想されていますが出かけます。
新東名島田市付近、東の空が白んできました。
2021年最後の日の出です。( ← こっちはもてはやされませんよね)

通常、新東名から東海環状自動車道へ抜けるのですが、新城手前のトンネルで前日夕方に
事故から火災が起き、肝心な JCT までの箇所が通行止に!
なんてことだ…迂回を余儀なくされ、2時間弱のロス。
今回は、夫も若くないし( 62歳)今年の後半はいつになくせわしかったので、これまでの
ような1泊とんぼ帰り(12/31 帰宅)はやめにして、2泊することにしました。
なので、出だしで少々つまづいても大丈夫…幸いその後の交通はいずれも順調でした。
(確かに大雪でしたが、いろいろと上手くいきました)



日本列島はホント、場所によって天気が激変します。
アクシンデントがなければ、すぐ上の画像 島田市から大体2時間半、距離にして270km。
ここは岐阜県高山市…標高 1,000m くらいあるからまぁ当然か。

でもって、1時間走れば…富山県南砺市では この通り。



さて墓参を済ませてホっとして、いつもの店でお昼を頂きます。
亀屋さん お蕎麦屋さんです。
これは 2017年夏の墓参り。

どれを頂いても美味しいし、店の佇まいといい器といい、飾りすぎずでもとっても洒落てて
皆で気に入ってて、墓参の折には必ず立ち寄ります。
天丼とせいろのセットがスゴかった!
お蓋が閉まらないくらい…

菩提寺へも挨拶を済ませ、ひと通り役は済ませました。
今回の宿は金沢城大手門跡から程近い、観光スポットにも歩いて行かれるホテルにしました。
年末年始の暴飲暴食はもう前日から始まっており…
チェックイン後、今後に備えて腹ごなしがてら散歩に出かけます。
夕方から市街地でも雪の予報ですから、もちろん足元はガッチリ!持参のスノーブーツで。

ホテルの裏手から少し歩くと、久保市乙剣宮(神社です)の脇道から金沢の三茶屋街の一、
主水町茶屋街へ続く石段が現れます。
ここは『暗がり坂』と名が付いています。
ずっと来たかったんです…

その昔、旦那衆がいそいそと、馴染みのお茶屋に通った道なんですって。
石段を降りて道なりに進むと程なくして突き当たり、道が左右に振られお茶屋さんが軒を
連ねている、というワケ。

右端に見える、枯れた赤銅色の細かい格子。
金沢の町屋建築の特徴的な格子の割り付けが細かい出格子で、『木虫籠』(きむすこ)
といいます。
断面は台形になっていて、室外に向いた面の方が室内に向いている方より長さがあります。
つまり外からは仲が見えづらく、中からは外が見えやすい、という構造です。
この後行くひがし茶屋街にも、一部残っています。
景観を保つために、この雰囲気を模した作りにしてリフォームをしている店舗もあります。

ひがし茶屋街は昨年も訪れていますが、こちらは観光地としてバッチリ整備されています。

なんだか長くなってきたので…
続きは日を改めて。