『次の通信』…できなかった笑

1つ前の投稿で予告したにもかかわらず、通信しないまま帰国しました。
月曜の朝のフェリーでメインランドへ戻るところまでは予定通り(Liverpool 10am 着)。
ささっと片付けをして、

– ダメ元で、リニューアルした British Motor Museum(Gaydon)へ向け、出発。
– 閉館1時間と少し前に到着、Archive Room のボスと再会。 ← ココ重要
– 博物館を駆け足で見学。
– プラプラ南下しながら、Cotswoldsの数ある町でも人気が高い Bourton-on-the Water へ。
– Bourton-on-the Water の公営駐車場で、帰りの BA7便が欠航になったことをメールで知る。
– そこで慌てて、代替便へ手配 → オンラインチェックインを済ませる。
– ホッとひと安心。散歩・夕食、メンバーのささやかな誕生日のお祝いをする。
– ロンドンへ。レンタカーを返却。
– 予約したホテル(2019年にも滞在)が移転しており、タームナル5 から歩いていけないことが発覚、
深夜にまさかの路線バスでホテルへ向かう。
– 翌朝、前日のうちに手配した、代替便の出発するターミナル(5→3に変更)へ、ホテルの有料
シャトルバスで向かう。
– 代替便は予定通り出発。約3時間後にはフィンランド ヘルシンキに到着。
– 約3時間の乗り継ぎを経て、Fin Air AY61 便で午後イチ 羽田に到着。

とまぁ、こんな具合でハチャメチャでした笑。
ともあれ無事で、相変わらずの慌ただしくも楽しい旅は幕となったのでした。

この先は…いつも以上に働きながら、ガレージの様子に加えて「旅のおまけ」シリーズで、今回の
渡航の様子を詳しく記したいと思います。
ラリーの前、ラリー中、そしてラリーの後+上記のドタバタフィンランド経由まで。
しばらくまた、お付き合いください。

ひとまず…ただいま。

応援ありがとうございました

Manx National 2023 無事、最後まで道の上にいることができました。
島の皆さんや、ラリー関係者の方々がたくさん声をかけて下さり、Covid を経て戻ったことを
とても喜んでくれました。

ローカルルールに戸惑いながら、焦りながら、グダグダしながらもどうにか乗り切りました。
総合65位、クラス3位。
ちなみにリタイヤが57台(エントリーリスト総数は139台)。
どれだけタフなラリーだったか、想像して頂けると思います。

表彰式でトロフィーもいただきました。
あろうことか、Best International Crew なる賞までいただいてしまいました。

月曜朝のフェリーでメインランドへ。
夜にはヒースローという駆け足スケジュール、今回は不義理をしちゃう人何人もいますが…ご勘弁。
次の通信は、ロンドンヒースロー空港近くのホテルから…の予定です。

自走しないのは…初めて。

街に戴冠式の余韻がまだまだ残る中、島に向けて出発します。

今回は1台ということもあり、Paul のトレーラーで連れて行ってもらいます。

新緑のまぶしい街道を、船着き場のあるリバプールへ。
いつもは9月なので、草木の勢いが違います。
上へ上へと伸びる力を感じます。

世界遺産に登録されたリバプール。
毎度横目で眺めてきたデカい廃墟ビルも、手入れをしていました。
聞けば、夫が自分で運転して入らないことはなかったそうで。

あぁ、久しぶりの Albert Dock に到着です。
安定の English Weather フェリーは揺れるでしょうか。

さぁ、乗り込みますよ…

船内で流れる Safety Video が、一新!
古いの、娘と私は好きだったんですけど…これを聞くと「あーついに来たか」って気持ちになってた。
えーい、名残惜しいから貼り付けとこ。

沖に出たらそれなりに揺れました、
天気もだいぶ悪い中でしたが無事、島へ到着。
そして定宿へ到着。

いつもの風景、いつもの静けさ。
あぁ、戻ってきました。

出国 → 4年ぶり

チャールズ3世の戴冠式の翌日、店主と女房殿こと私は羽田空港からロンドンに向けて発ちました。
前日は首都高湾岸線が止まるほどの大風、聞けば翌日は首都高の入り口が閉鎖になるほどの大雨。
合間の日曜日に、出国しました。
昨年来の世界情勢の都合でフライトは約15時間、エラいところを飛んできました。
アラスカ→グリーンランド→アイスランド と通過し、スコットランドの方からアプローチ

その昔とは随分フライトの中身も違います。
クッションとブランケット、イヤホンの他はアメニティ的なものは一切なし。、
そもそも要らないと思ってたので…
機内情報誌もなし、おそらくは機内エンターテイメントでペーパーレスであるんでしょう。
(見てない)
薄手の雑誌が座席分、となればどれだけの重さか…
食後のお茶(紅茶、コーヒー、緑茶)もついに出てきませんでした。
コーヒーは1度、ビスケットと一緒にもらいに行きました。
これはもうここ10年ほどありませんでしたが、2回の機内食の間に出てくる軽食&アイスクリーム…
時代はどんどん変わっていきますね。

さて長旅の末2019年以来のロンドン。
いいお天気、気温は22度。
ヒースロー空港にも、戴冠式の余韻が溢れています。
うぅ…グッズとか買いたい…けど時間ないな、帰りまであるだろか?
レンタカーを受け取って、ひとまずパートナー Paul の拠点、Southport を目指します。

そうだ、お墓行こうファイナル

平日ですがお休みをいただいて、石川県へ墓仕舞いに行ってきました。
あちらの墓を仕舞って、引っ越し(改葬)をするためです。
今回は都合で早朝発の日帰り、とんぼがえりでした。

代々先祖が祀られてきた本家の墓を、自分の代で自分の拠点に移す。
今は縁者が誰もいないお墓しかない土地へ、片道600km 走っていくのはいささかナンセンスです。
自分の後のことを思って、最良と思って、いろんなご縁に恵まれながらグイグイ改葬の支度をしてきました。
どうしても墓石ごと引っ越ししたかったので、ハードルは一気に上がりました。
何故墓石にこだわったか…実は墓石に掘られた字が、達筆だった父の筆によるものだから。
ナンチャラ霊園的なところは墓石を『買わないと』改葬させてもらえないんです。
でもいくつもの奇跡が、氣谷家の改葬を実現へ導いてくれました。
大袈裟に聞こえるかもしれませんが、お金がとってもかかる上に思うような改葬にならないかも…
一度は暗礁に乗り上げかけた、そんな状態だったので話がトントン進んで安堵していたのですが、
いざ仕舞うその段になって、果たしてこれで良かったのか一瞬考えてしまいました。
娘や息子に墓仕舞いを済ませたことを報告すると、

「ありがとうございました」

2人ともそう言いました。
それだけで、もう十分と思うのは私だけでしょうか。
家を、家族を思う人に育って、心から嬉しく思いました。
改葬を決断して良かった、そう思っています。
身近にあればいつでもお参りできます。
自分らのルーツを、より近くに感じられます。
やっぱり決断してよかった。

***
とんぼがえりにつき、食事も高速の SA で済ませます。
あれは中学生かな…集団競技でしょう揃いのジャージを着て、バスで遠征に向かう…おそらく
そんなところでしょう。
SA のフードコート、食券の券売機が2つ。
2つ共に学生がズラ〜と並んでて、一向に列が進まない。
我々の頃なら、そんなことしてたらぶっ飛ばされたでしょう。
今ドキの引率の先生は、きっとそんなこと注意しないんでしょうね…
1台は一般の利用者に空けておく、昔なら常識だけど。

女房殿も、いくつもない ATM をずっと占拠してる人によく出くわすそうです。
彼女は、用件いっぱいの時、途中で切り上げて最後尾へ並び直すんだとか。
昔なら常識だけど、今はそんなことする人 少ないのかな。

***
帰り道、新東名の島田金谷IC の手前にある、大井川に掛かる橋。
お客様の競技車のエンジン慣らしに来た時のこと。
森掛川で Uターン、戻る間に不具合が。
電話で息子にトラックで向かってくれるよう要請し、路肩に止めて救援を待っていると…
道路公団?の車が、止まってくれました。
救援要請済みであることを伝えると、無理に引っ張ってどこか最寄りの IC まで引っ張る必要もないと
現場で判断され、すると作業員さんはその反射板のドッサリついた防寒着を貸してくれました。

「この袋に入れて、橋の欄干に縛り付けておいてください次の巡回で回収しますので。」

カギつきのワイヤーロックと一緒に袋を渡され、防寒着はそこへ入れて橋の欄干に結わいつけて
おけばいいと言います…
その日はとても寒くて。
まさか車から降りるとは思っていないので、軽装でした。
こんな話あるんだありがたい。
するとその作業員さん、ラリーストで。
全日本に出ている私のことをご存知でした(彼は地方選に出たりしてるらしい)。
世界狭すぎ、いつどこで誰が見ているかわかりません…

現場に差し掛かり、そんな出来事を思い出し女房殿に話しました。

***
夕方、ようやく富士宮付近まで戻ってくると、まだ雪を被った富士山が美しい姿を見せてくれました。

さんざん綴ってきた『そうだ、お墓行こう」シリーズ
石川県の先祖代々のお墓に行くことはもう…ありません。

そうだ、お墓行こう2022年末

早いもので年が改まって半月が経とうとしていますが、年末の店主ファミリーの恒例行事を記録
がてらココに残しておこうと思います。
どん詰まりの墓参(石川県)。
去年はあちらで元旦を迎えました(コンビニメシだったけど笑)が、今年は1泊で帰ってくることに
したので、最低限の支度(煮〆)をして、お正月っぽくお花を活けて出かけました。
松は五葉松。
2種類の菊の存在感がアレンジを引き締めてるように思ってますが、どうでしょう…


***
11月に義兄(夫の長兄)を納骨して、ひと段落。
最初の年の瀬ですので菩提寺とお墓と、石屋さんと巡ります。

暮れの恒例パーティーがハネて、帰宅して帯を解いて(今年も和装で行きました)お風呂に入って
仮眠して、午前2時過ぎに横浜を出ました。
私の運転で横浜スタート(岐阜から北は雪かもしれないのであちらに行ってからは交代したくない)、
以外と車の量が多い…トラックばっかかと思ったけど全然で。
こんな時間だけど、出た時間はいい判断だったと安堵。

岡崎で給油、そこで運転を替わって北上します。
クリスマス寒波でどっかり雪の降ったあと。
郡上八幡の先から、窓の外の風景は真っ白です…

予報では、1泊2日の旅行中にはあたたかめで雪にならない(雨)ハズですがどうだろう。
もちろんスノーブーツは全員持参しています。

夜中の2時に出た甲斐あって、朝食は近江町市場で海の幸と金沢おでんを頂きました。
金沢おでん…車麩とか、たことか、あと赤巻きって呼んでるっぽい朱 / 白のうずまき状のかまぼこが
入ってるのがおなじみの景色。

あったまってさぁ、ミッション開始。
菩提寺でご挨拶
お墓を清めて、正月のしつらいを済ませ

石屋につけ届け(お墓の引越しでまだお世話になるので)
…と思ったら、墓誌の文字間違ってるしね!
しかも納骨でお出かけ中だったので、菓子折りに書き置きを残して、了。
お昼を少し過ぎた頃には、ご先祖廻りのミッションは全て済ませました。

12月30日ともなると休館 / 休業の場所が少なくないので、観光して回るにも限りがあります。
兼六園に隣接する、前田家ゆかりの歴史的建造物が歴史博物館的に公開されてるんですが、年末年始は
やってないし…
いくつか残っている武家屋敷、やはりほとんど閉まってる。
夫の長女が建築を生業にしていることもあり、建物を見て回るのが(そもそも私も大好き)金沢の
楽しみの一なのですが…
遅めの昼食をとりながらひがし茶屋街を散歩、お茶屋さんの建物をそのまま公開している『旧中や』へ。
三つ折りのリーフレットを貰って、建物を見て回ります。
当時の茶屋街のお茶屋さんの見取り図が小さく載っていて、変体仮名を習字で学んでいる娘と
「コレは読めるね、こっちは何て読むんだ?」…

これは電気が通ってからのでしょうから明治以降のものでしょうが、でも菊菱の細い飾りが施された
電灯、細かいところまで行き届いています。

私が小さい頃はまだこういう建具無くはなかったなぁ…
お手洗いの木の扉です。

窓に入っているガラス、おそらくかなり古いものなので表面が波打ってるんです。
味わいもあるし、当時の最先端だったんだろうなぁと推察できます。
歴史的建造物は、当時の手仕事のぎっしり詰まった玉手箱のようで、意匠や色使いも含めてとても
惹かれます。

ひがし茶屋街をもう少しお散歩。
どのお店も新しい年を迎える支度は万端で、思い思いの門松が目に鮮やかです。
ド定番の門松から、さすが金沢…と唸るようなのまで。
洒落てますよね…

海鮮ものばっかりも飽きるので、晩は変化球にお肉を食べて大晦日の市場に備えます。


さて、明けて大晦日。
8 時前には近江町市場へ。
お目当てのお寿司屋さんの開店は 8am なので、どこで何を買おうか物色しながら時間を潰します。
炙りのどぐろ丼、だの海鮮全部盛り丼、だのとたらふく食べたらお正月のお使いをします。
八百屋さんであれこれ購入。
加賀れんこん、加賀春菊、金時草、立派な椎茸、柚子、わさび、蕪(大きかったぁ…)それから
生麩(蓬・粟)も買いました。
八百屋さんで、飾り用の五葉松とか南天とか買えるんだ〜南天は拙宅の犬走りに勝手に生えたのが
育ってきたから、買わなくても大丈夫 笑

加賀れんこんは帰宅したから花れんこんにして、生麩は煮ます。
炊いて出かけた煮〆と合わせて、元日には…こんな感じになりました ❤︎

日本海の冬の幸は、カニと鰤(ぶり)。
11月に納骨に行った時にはカニの解禁直後で、市場も街もカニフィーバーしてました笑
市場といえば新鮮なまぐろ!と思うのは、外海(太平洋)に向いて暮らしている人の話。
日本海で冬のおごちそうは何と言っても寒鰤!
我が家はみんな鰤大好きですから、買っていかない法はない!
この時期は必ず冊(さく)で売ってるので買って帰ります。
お刺身で、表面の色が変わりやすいので変わってきたらたたき(炙り)にしてポン酢で食べるのも
また一興…。
隣には立派な切り身に、カマも一山に3つ入って売ってます(安い)。

手前のイカも立派ですよね…
別の店で立派なゲソを山盛り買いました笑

混んできました。
わーっと買い物したので、さっさと退散します。
930am には、金沢東IC から北陸道に乗っていました。
だいぶ余裕があります…雪はあちこちに積んでありますが道路は乾いています…
1015am 寄り道して、白川郷(岐阜北部)に到着!
合掌造りに雪の残る、そんな山あいの冬の風景に出会ってきました。

驚いたのは、東アジア系の観光客の多いこと!
名古屋や、大阪あたりの大型観光バスが駐車場にひしめき合ってると思ったら…そういうことらしい。
五平餅かじりながら集落をぐるり散策、栃餅を見つけたので迷わず購入してプチ観光はおしまい。
1130am には白川郷を後にしました。

あとはひたすら走って東名の夕方の渋滞をギリギリ回避!6pm 前には家に着きました。
明けてお元日。
少しだけゆっくり起きてから、出汁をひいてお雑煮の支度をして、ささやかですがお祝い膳。
(我が家には雑煮椀がない…根来塗のデカいお椀でいただきます笑)

店主の家の年越し、慌ただしくも平和で穏やかなものとなりました。
こうやって年を越せたことに改めて感謝しながら…小正月に年末年始の記録を投稿します笑

旅のおまけ 近江町市場買い出し

カニ
再三書いているように、立冬の頃に合わせてカニが解禁になっていたので、市場はカニ一色。
進物好適品の極品から、足が1本はずれちゃってる アウトレット的な売り方してるものまで。
私みたいな「とうしろう」向けに、足だけのパック/ほぐし身 x ミソ Mix だけのパックなんてのも。
(もちろん我が家はこれを購入 笑)
おさらいですが、石川県のカニ(たらば)はブランディングされていて
加能ガニ オス
香箱ガニ メス
と呼ばれます。

帰宅してから、パック詰めの新鮮なバラ・足に下仁田ネギを合わせて、塩味でパスタを作りました。

のどぐろ
お世話になった方に押寿司を持ち帰りたくて(カニは常温でその日のうち、他も翌日が賞味期限)、
畏れ多くも自家用に「のどぐろ」の押し寿司を…


加賀野菜
京野菜のように、こちらもブランディングされていて、加賀野菜を名乗っていい野菜はわずか
15種に限られます。
生産量や育てやすさの為にいたずらに改良しないように、等『守る』ために苦労も多いようです。
これまでも幾つか試してみましたが、今回は金時草(きんじそう)・加賀れんこんと加賀春菊を買い
求めて帰ってきました。
金時草
金時草は、食堂に滑り込んだ時に天ぷらで頂きましたが、八百屋さんに美味しい食べ方を聞きました。

「三杯酢がいいよ!」

少しぬめり気のある野菜だそうで、葉をサっと茹でてザクッと切ったら三杯酢に和えておろし生姜や
針生姜を添えると美味、と。
葉の裏が紫色をした金時草、酢に交わると色も鮮やか味わいも爽やか。
素敵な味わいを知りました。

加賀れんこん
豚のひき肉があったので、つくねっぽくしました。
出来上がった日は自家製のポン酢で、翌日は茄子・ピーマンと一緒に炒めて甘酢あんを絡めました。
奥の鉢は、カニ足を贅沢に使ったカニ玉です。

加賀春菊
普通の春菊より葉の形がほんわかしています。
豚肉とさっと炒めたり、湯豆腐やお鍋にも入れましたし、胡麻和えもきっと美味しいだろうなぁ。

あぁ楽しい。
嫁に来るまで日本海側とは縁のない私でしたが、お墓があったおかげで楽しい思いをしています。
暮れはブリ祭りだな…
太平洋側は『マグロ』ですが、日本海側は『ブリ』なんですよね。
楽しみだなぁ…

旅のおまけ 金沢 食三昧

墓参りや法事で何度も金沢を訪れるようになってから、当然土地に少しずつ詳しくなっていきました。
新幹線を使うわけでもないのに駅近に泊まってみたり、いろんなことをしましたが…

金沢では市場(近江町)のそばに泊まれば困らない
朝っぱらから海鮮丼食べられますし(これは鰤丼)

『武蔵』交差点を挟んで向かいは、エムザ(百貨店です)ですからお土産やらの調達に困りません。
(そうはいっても我々、エムザにはほぼ行きませんが…)
飲食店を含むお店もよりどりみどりです。
能登牛の店もホテルから歩いて3分でした。
東京に置き換えると、銀座と築地の両方の性質を併せ持つ…そんな感じでしょうか。
そして観光名所あれこれが徒歩圏内、散策にはもってこい。

***
納骨を終え、ひととおり済んでひと息。
安堵と寂しさと、入り混じりながら晩御飯はさぁどこにしようか。
前の週にカニ漁が解禁になっていて、市場にもカニが溢れていました。
石川県で取れるカニは「加能ガニ」(雄)と「香箱ガニ」(雌)とブランド化されています。
当然今日は、カニにありつきたいところです。
ところが目星をつけていた店は、電話も出ない…
どの店もこの店も、みーんな予約で回していて、飛び込みは門前払い。
おそらく観光客だけでなく地元の人たちも、解禁になったカニを専門店で味わうんでしょう。
さぁ困った。
そんな時は、困った時の市場メシ。
ラストオーダー間際でしたが、その名も『近江町食堂』へ飛び込みました。
大抵、お店は外しません笑

白エビ(富山の名産)のかき揚げ…すごいボリューム!

そしてカニのチラシ

コレ度肝を抜かれました…鰤カマ

これに刺身の盛り合わせをつけて…もうお腹いっぱいです。
店を出て振り返ったら、もう閉店。
歩いて3分でホテルですから、あぁ灯台下暗し笑

暴飲暴食対策に、せめて朝食のヨーグルト(まだ食べる笑)をとコンビニで買い物したって10分。
帰宅の日には毎度、市場で買い物をして金沢の食を持ち帰ります。
カニを買って帰る?家で無駄なくさばけるの…?

翌朝の市場買い出しへ つづく

そうだ、お墓行こう2022『納骨』Day3

帰ります。
朝から近江町市場へ行って、お気遣い頂いた方に手土産などお使いを済ませたら、
前日の法事に駆けつけてくれた次男と、朝っぱらから海鮮丼。
次男はその後観光して、金沢を満喫してから帰宅したようです。

我々も、ただ帰っても芸がないので帰宅途中に寄り道をば。
信州でリンゴ狩りをして帰ることにしました。
青い空に、真っ赤なリンゴ ❤︎
秋映(あきばえ)っている長野オリジナルの品種も味見しました。
(コレは多分紅玉の木)

「食べ比べってくださいねー」

農園のおばちゃんが、6種類くらいの木に案内してくれてそれぞれもいで。
どっかり座って片っ端から味見…3人で。
園内食べ放題とはいえ、風の強い晩秋の高原でリンゴをガンガン食べていたら、夫は帰りの車で
お腹が痛いとやや参っていました笑
暴飲暴食のシメに、繊維質たっぷりみずみずしいもぎたてリンゴ…
さもありなんという感じです。
リンゴ狩りの後の休憩で運転を交代し、帰宅まで私が運転しましたが…ひどい渋滞。
甘楽PA から自宅まで、こんなにかかるの?!っていうくらい

工事で車線規制
夕方の自然渋滞
お決まりの事故渋滞

もうウンザリです。
リンゴ狩りを計画したことを心底後悔するくらい、帰りは時間がかかりました。
家に帰るまでがお出かけ。
法要の小旅行は、無事に行って来られました。

さて、食いしん坊たちの旅程後半の暴飲暴食は…『旅のおまけ』で紹介します。

そうだ、お墓行こう2022秋『納骨』Day2

義兄は施設でコロナウィルスに感染し
年齢
持ち合わせの体の状況
体力
幾つもの要因が絡み合って、逝きました。
だから、葬儀はできず火葬のみ。
それも場所と時間が限定されて、且ついろいろ制限を受けての「送り」でした。
ですから菩提寺と相談して、納骨の時には葬儀に代わるお勤めを懇ろにお願いしました。
だから和装…

朝食を食べに市場へ行った時分には、薄日が差していました。
が、身支度をして出ることには音もなくしっかり降っていました…やれやれ。
雨コートに足元は…カーキのゴム長です笑
荷物の多さといい、戦闘モード丸出しのお茶会のお水屋要員みたいですが…
いいんです喪主の秘書みたいなもんだし笑

前日、晴天の中訪れたお寺さんも、もちろん大雨。
夏にお御堂の照明を LED に改めたんだそうで、薄暗いイメージしかなかったそこは明るく、欄間や
柱・天井の細工ものがとても鮮明に浮き立って、迫力満点で見えました。
「これまでもったいないことをしていた」とお住職…確かに。
古(いにしえ)の人の技がいろんな人の目に触れて、いいものやその価値観が後世に伝わったらいい…
こんなことを思いながら、眺めていました。

***
前日に清めて花を供えておいたお墓へ、義兄のお骨を納めます。
お寺さんを出るときに、石屋さんに一報入れることになっていたので連絡すると…

昨日夕方行ったらぁ、(お墓の設えが)「ここまでしとこ」ってとこまで全部やってあってぇ
わしゃぁ、やらかしたか!(日を間違えた)とびっくりしたんだけんど、線香が供えてないから
お支度なさったのかなと思って、申し訳ないことでしたね…

あ…
前日のお寺さんに続いて、石屋さんもびっくりさせちまった笑

兄を納めて、お経を上げて頂いて。
お住職を見送り、参列者を見送り、石屋さんと打ち合わせ少々。
ぜーんぶ終わって、車が走り出してものの3分と経たないうちに

ドカ雨


***

全部終わりました。
事情あって不自由はありましたが、きちんと送れた…かな。

喪服は私の父方の祖母(2020年に101歳で大往生)の輿入れの時のもの。
ですから100年近く前のもの、ちりめんなんですが軽やかで、今のものとは違うのかな。
祖母の実家の紋が入っています。
小さい人だったので、私の丈に直してもらいました。
胴ではいであるので、おはしょりを上手いことしないとはいだ布が出ます。
でも、縁ある人の着物に袖を通すのは、嬉しいものです。

今回、一番左の喪服扇を自分で買いました。
本来は、再びないようにという願望を込めて(ンな訳ないんだけど)喪服扇は使い回さないもの、
なんだそうですが…そんなことも言ってられないのでもちろん捨てません。

紫色の紐で組まれたものは『輪袈裟』といいます。
お坊さんがよく首から掛けてる折五条、あれと一緒。
菩提寺の先代お住職の奥様が、7−8 年前に下さったものです。
今回は我が家の『長』が逝っちゃったし、今後のこともあるので支度したんです。
洋装にしても、もちろん構わないんだそうです。


天候以外の不具合はなく、つつがなく無事に法事と納骨を執り行えました。
この10年、海外のラリーや出張に一緒に行くことが多くて、思い出がたくさんあります。
娘もとっても寂しがっていました。
しばらくは折に触れて思い出しては、家族や彼を知る人と話そうと思います。
晩年はあんまり家族とも会えずにつまんない思いをしていたはず。
暮れにはまたお寺さんへご挨拶へ行くので、ゆっくり話そうかな。