バトンリレー

先週、グレイスのお客様からお客様へのバトンリレーがありました。
2011年1月にフルレストアした個体を納車、今年が2023年ですからちょうど干支が一周したんですね。
車を仕上げてる時には、オリジナルの内装類がなかなかキレイだったので、オーナー自らクリーニング
して、今日まで使ってきました。
探したら当時の写真がありました!

懐かしい…娘が4歳の頃ですね。
2枚目の写真は髪の毛がヘロヘロで、おそらくビニールプールに入った後だったんでしょう。


数年前から、降りる話は出ていました。
どのタイミングかずっと探っていました。
年齢が来たから諦めることは簡単なのですが、いわゆるこの手の車は実に不思議な存在で…
傍に居て元気をくれたり、体調が優れなかったら再び運転する日を想像しながら日々の励みになったり。
でも一方で、車は道具ですから動かさない(使わないのに置いておく)のは問題。
そんな心模様と葛藤しながら、オーナーの方からは

「次乗る人を探しておいてほしい」

と相談を受け、僭越ながら然るべき人(とこちらが思う方)に声をかけさせてもらって、ひとまず
バトンリレーのお話はまとまりました。

それから時間が経ち、「その時」が近づいてきた、そんなタイミングで…
人同士がなじむところから始めてもらいました。
会って食事をして、ご自宅で話に花が咲き、馴染んでいきました。

で、先週。
錦秋の(そんなにキレイじゃないか…)上郷で、バトンリレー と相成りました。

後ろが新しいオーナーがこの日まで乗ったミニ。
すんごい偶然ですが、同じ色 Maroon 。
彼が数年前にこのミニを買った時から、実は決まっていたんですかね〜

降りる方の希望で
 引き渡しはグレイスで
 帰りは送ってね
ということで帰りは仲良く2人で Mk1 に乗ってお帰りになりました。


置いていかれたほうの Maroon 。
これまでのオーナーの好みで、グリルバッヂがいくつもフロントを飾っていましたが、全て取り外され
そして車は…ピッカピカ。
立つ鳥跡を濁さず。
こうありたいものです。

Mini Day おまけ Making of もち人間(安全装備込 笑)

先週末の Japan Mini Day 。
広報活動にクラブ員が浜名湖まで馳せ参じましたが、もう1人?
参加したメンバー?がいました。

もち人間 です。

娘の生み出したオリジナルキャラなんです。
イベント前日 230pm。
娘が、思い立ったように父親(店主)にダンボールを譲ってもらいにいき…
さぁ始まった

切り出して成形までして、帰宅。
アクリル絵の具で塗って仕上げ。
実は段ボール部分的に重ねてあって ,立体構造。

1049pm 完成。
そして当日、展示に華?(くすっと、笑い…かな)を添えました笑

お疲れ様〜いい仕事してました ❤︎
次の週末もよろしくね。

World Tourism Day

昨日は『世界観光の日』でした!(過去形 笑)
グレイス店主とその家族にとって旅は、その殆どがレジャーではなく仕事。
自動車という「文化」に携わる仕事をしていると自負しているので、それを取り囲む文化や環境を
合間で許す限り見たり体感したりということを意識しています。
より大きい理解につながるし、そこに住む人々との交流はより深い次元の理解や実感を引き寄せます。

いろんな場所に行きました。
これからもまた行くんでしょうが、我々は「小さいマス(升)」に縁があるような気がしています。
まずマン島。
ココを訪ねて下さる方は、もしかしたらウンザリするほどマン島の紹介を浴びせられてるかも…
それくらい、我々の思い入れが強い場所です。
人々は素朴で、島とその自然を愛し、手を携えて暮らしています。
地元愛って言ったらいいのかな…羨ましく話を聞くことも、よくあります。

2018年に流れ着いた(笑)サンマリノも同様。
ギヤボックス屋さんを訪問するのが最大の目的だったこの旅、なんと午前中に約束していた訪問の
後、午後空けてくれてあって自らサンマリノの国の中心を案内してくれたんです。

さてサンマリノ。
国民がみんな知り合いで、裁判になった時に公平に裁けないから陪審員はイタリアから来るんだとか。
行政の長も任期は半年、独裁化や癒着を防ぐためだと聞きました。
マン島もダグラス市長は任期1年半…だったかな。
小さいコミュニティは、うまく言えませんが独特の感性を持っていて、それに触れるのはとても
心地のいいものだと私たちは思っています。

いろんな旅の形がありますが、私たち家族はこんな、慌ただしくも妙にディープでだいぶ偏った
我々の旅を気に入っています。


そんな我々の旅において、ローカルな食事は最も大事な要素のひとつ。
その土地を知るには、そこで人々が何を好んで食べるかを知るのは近道ですよね。
マン島の名産というと、すぐ頭に浮かぶのは Manx Queenie そして Manx Kipper 。
Manx Queenie は島名産のホタテの仲間、小ぶりなホタテって感じで肝のところが朱色をしています。
バターソテーや、クリームスープ、バップ(丸くて白いザクッとしたパン)に挟んで供されたり。
Manx Kipper も名前に島の名を冠する通り、島の名産。
Kipper とはニシンの燻製のこと。
ご存知でしょうか、きかんしゃトーマスに “Flying Kipper” なる魚運搬列車が登場します。
(もちろん “Flying Scotsman” :エジンバラ – ロンドン を結ぶ急行列車 のパロディ)
Manx のそれは味よし香りよし、メインミールとしてだけでなくてバップに挟んだり刻んでサラダの
ように食べたり、楽しみ方はあれこれです。
燻製ですから、御酒を召し上がる人にはたまらないアテ…

ところが!
今日になってビックリなニュースが!
島随一のキッパー屋さんが

GAME OVER

って…
なんなのそれ!
もう食べられないの?!
5月にも食べに行ったけど?
(これは別の年、今年行ったのは雨の日曜日でした)

コレ今年、ほぐし身と野菜にクルトンがパラパラ…シーザーサラダっぽく頂きました。
美味しかったよ…
もう食べられないの…?

今年マン島へ行った時に、Manx Fudge の廃業も知ったばかり。
我々が定宿にしてる Ballasalla の街はずれにある工業団地の中に小さな販売所を兼ねた工場があって、
味見だけで鼻血が出ちゃうんじゃないか、ってくらいたくさんのフレーバーを試食させてくれた記憶が
鮮明で、また行こうとパンデミック明けに行こうと思って営業時間を調べたら

廃業

伝統的な「食」は、どこの世界も静かにないがしろにされる傾向なの?
…World Tourism Day から随分話が飛躍しましたが、飛び込んできたニュースと相まっていろんな
ことを思ってしまいました。

個人的なことですが

昨日ここで紹介した通り、個人的なことですが車を購入しました。

ラリー仲間の
先輩の
巨匠と呼んでる
その人の
ラリー車を
彼の引退に伴い
譲り受け
はるばる日本へ

ようこそ!日本へ

港ででは一発始動。
さて、おろすか〜 の段階で ウンともスンとも。
スターターが逝ってました…

ちょうど同じものを在庫していたので交換して、再び一発始動。
まずしたことは…スチーム洗浄でした。

おかえり2023

5月に、マン島で一緒に走ってきたゴキゲンなアイツがやっと帰ってきました。

お か え り。
…今年はゼッケンの数字がデッカかったね。

ホントは7月下旬入港予定だったのですが、その頃は台風がノロノロとアジア近海を荒らしていて
あちこちで足止め、ようやくおうちに帰ってきました。
どちらさんも足止めでしたから、入港するのはどちらさんも似通ったタイミング。
悪天候で着陸できずにいた飛行機が一斉に降りだして、ゲートが満杯…まさにあの感じでした。

3月に出発して以来はや半年…ホントにこの子は日本にいる時間が短くて。
海運の期間が長いゆえに生じたトラブルが、本番で出てしまい悩まされることもありました。
文字通り、苦楽を共にしている相棒です。
行きは 20ft で出かけて行ったこの子ですが、帰りは 40ft で帰ってきました。
同梱購入品もありましたが、帰りはお供の車がいたんです。

我々がココで「巨匠」と呼んできた Peter さんの Cooper’S’。
彼がステージラリーを引退するにあたり、そのマシンを私は譲り受けることにしたんです。
健康上の不安などもあり引退は数年前にしたはず…でした。
が撤回、引退のラリーはお前(Shinobu)と一緒の時にする、とパンデミックも経てずっとこの時を
待ってくれていました。
今回一緒に走るにあたって、彼の Cooper’S’ を引き継ぎたい…という想いを持って出かけていました。
現地で、この車はどうするのかを尋ねたところ、売りに出すというので真っ先に手を挙げて譲り
受けることになった、というわけ。
決して安い買い物ではないけど、また頑張って働きますそしてヒストリーを引き続き紡ぎます。
巨匠自ら、スポンサーである Mini Spare Centre のウェブサイトで、マン島ラリーのレポートと共に
売却の事にも触れていますので是非読んでみてください。

Manx Rally 2023 by Peter Horsburgh

***
今日は自分の競技車と同梱の物品を持ち帰りました。
明日はいよいよ、巨匠から譲り受けた Cooper’S’ 277BRX を連れてきます。

今回はサーモンで

今年の都英でハマった Fish Cake 。
お客様お手植えのきたあかりで先日はコロッケ、今回はサーモンでフィッシュケーキ作りました。
週末にちょっとしたお祝いごとがあって、人が少し集まり家で食事会なので…
女房殿の手助け、一品作ります。

この後コロッケ同様に衣をつけたら、個包装してぜーんぶ冷凍。
今日は今日で、昨夜頂いたカツオ(半身)をタタキにしていただきますので〜

バーナーで豪快に
相変わらず、季節の恵みを頂きっぱなしの氣谷家です…感謝。

デビがいた5月

先日、我々の元に彼の冒険記を送ってきた David ことデビ(我々家族はそう呼んでる)。
彼はは当初、日本をアメリカ大陸とユーラシア大陸の継ぎ目程度にしか思っていなかったようです。

でも、日本でいろんな面白い思いをしたからか、日本を去る時には

JAPAN

マジックで書き足して、ウラジオストックへ発っていきました。

***
グレイスに来る仲間と鎌倉へ出かけたこともありました。

我が家にはしばらく滞在し、短い間でしたが文字通り寝食を共にしました。
きっと日本で、しかも民家にしばらく滞在することなど、彼は想像していなかったでしょう。
お箸で一生懸命食事をし(トライしてました)、味噌汁を一緒にすすって。
とある月曜日には、夫担当の餃子で食卓を囲みました。
食後には、紅茶を飲みながら娘とお絵かきをし

小学校のスポーツデー(運動会)に、日本のとある家族と参加することになろうとは笑
もちろん昼食は4人で弁当をつつきました。

我々の元を去ってミニ屋などに立ち寄りながら境港まで行く道中、愛知県警のパトカーに止められ
数時間、警察署に留め置かれました。
日本のナンバープレートの付いていない車両が、公然と走っていたのに驚愕したようです。
言うまでもないことですが、自動車カルネ(自家用自動車通関手帳)を携行して彼は世界を旅して
いましたが、その呼び止めた警察官は不勉強で自動車カルネのことを知らず、おまけに少し調べれば
わかりそうなものを何時間もお茶だけ出してデビをそこに留め置いたらしいのです。
現地からガレージに電話がかかってきました。
説明し、ジュネーブ条約に1mm の抵触もしないこと、だいたい警察が何をやってんだと半分キレて、
最後は昼食にカツ丼が出てきたとかって(確かそう言ってた笑)。
アホか。
今回出版の本には、やっとカルネが理解できて放免(そもそも留め置かれる理由がないけどな)に
なった時に、署で警察官が手を振って見送る写真が掲載されていました。
やれやれ恥ずかしいね。

***
ロシアで時におっかない思いをしながらも、一目散に大陸横断。
確か8月いっぱいには長い冒険を終えたと、彼から連絡があったように記憶しています。

で、9月。
我々はラリー参戦のためマン島へ。
そこへ彼が現れたんです。
なんという友情でしょう…ね。
その後、娘さん Louise がマン島のラリーにミニで参戦するようになり、デビはサポートで付き添い
マン島で何度か会いました。

以来、折に触れメールで彼の故郷の美しい風景や近況を伝え聞いていました。
彼の故郷は Isle of Mull スコットランドの島。

マン島のそれとはひと味もふた味も違うラリー “Mull Rally” が開催されることで有名です。

彼はもう1度日本へ来たいと常々言っているのですが、パンデミックもあり実現にはまだ遠い道のり
といったところでしょうか。
そうこう言いながら、この先は年齢的なものも出てくるでしょう…
つくづくパンデミックが恨めしく思えますが、それは誰の上にも等しく起きたこと。
彼の壮大な冒険記には、勇気や希望がたくさん詰まっています。
縁のあった人には特に、読んでほしい1冊です。
(旅の経過がかなり細かに書かれていて、なかなか面白いです)

“Silent Wish”

昨日、ポストに外国から小包が投函されていました。
差出人はDiddy Dave こと、David Thomas 。
グレイスのブログが一昨年秋にすっ飛ぶ前から読んでくださってる方はご存知かと思いますが、
スコットランドの小さな島、Isle of Mull 出身のミニエンスージャストで、ラリーストでもあります。

現在は、娘さんの Louise がミニで走っていて、我々もマン島で何度か一緒に走ったことがある
仲間です。
日本には、一番いい陽気…風薫る5月に1か月ほど滞在したことがあります。

実は David とは、今年のマン島で再会していました。
Louise のスポンサーチームのお手伝いで島に来ていて、会うことができました。
我々は彼が来ることを知らされておらず、まさに Big Surprise! 再会を喜び合いました。

その時に、彼が本を出版すると聞いていました。
そのうち送るから!

…届きました。
“SILENT WISH”
(脇に写る小さなお皿は、彼に以前もらったもので故郷の Isle of Mull の全景が描かれています)

ナニナニ…

***
ちょうど10年前、彼はカスタマイズした Mini Van で世界一周の旅に出ました。
UK – CANADA – ALASKA – RUSSIA – EUROPE -UK

その途中でアメリカから日本へ渡り、横浜で車を受け取り自走で大陸(ウラジオストック)への
フェリーが発着する境港(鳥取県)まで移動、ロシアへ渡って日本を通過していきました。
最初3月ごろだったかな?彼から email を受け取りました。
車両を製作した Mini Sport の Daniel に「日本を通るなら Shinobu に連絡しろ」と助言を受けて、
連絡している、とありました。
(なんでだか知らんけど、彼はそう言った…David は若干意味わかんね的な反応だった)

車両の入港に合わせて、GWの最後に空路日本へ到着、夫に再度連絡がありました。
夫は関内だったかな?のホテルを引き払わせて、金沢八景の旅館へひとまず数日滞在、その後は
我が家に逗留していました。
で、車両の受け取りのために税関へ。
そこで彼は、Daniel が言った「Shinobu に連絡しろ」の意味を知ることになるのです…

日本の水際の煩わしさ、言葉の壁、鎖国にも似た「井戸の中」のような環境…
大黒埠頭でまず X線検査を受け

彼はこの車で野営をしながら旅していましたから、家財道具満載。
ぜーんぶ物を出して

やっとこせ受け取って、ベイブリッジへ向かうも

車がトラブル
(長旅の後のコンテナ海運が影響してか、ラジエータのロアホースが破裂)

牽引で我々の自宅まで(よく見ると左下、牽引ロープが写り込んでる笑)

やっと自宅へ到着
(ガレージ建つ前なので、広々…芝生も青々…)
かくして、彼は最初に拙宅に泊まった客人となったのでした(しかも長逗留笑)。

10年も前のことなのに、ついこの間のことのよう。
彼が来た時、娘は小学校1年生でした。
(私も随分、年を取ったんでしょうか…やれやれ)

彼の著書を紹介したくて書き始めましたが、いろいろ思い出してたら面白くなってきたので、
ちょっと思い出話にお付き合い下さい。

旅のおまけ『ヴィクトリアサンドウィッチ』

我々が『巨匠』と呼ぶ Peter さんと一緒にラリーに出るときは、いつからか彼の奥様が我々に
ケーキを焼いてご主人にもたせてくれるんです。
嬉しいお気遣い、いつもありがとうございます!

2016年

2016年はメンバー最多の年で、一切れがとっても薄かった…
で、今年も!
(え…このケーキのトランポwは、Shinobu 専用なの?)

今年は史上最少のミニマム体制だったため、一切れが大きいこと!

このケーキは、「ヴィクトリアケーキ」とか「ヴィクトリアサンドウィッチ」と呼ばれます。
19世紀、イギリスが栄華を極めた時代のヴィクトリア女王の名前に由来します。
最愛の夫を40代の若さで亡くした女王が、悲しみから立ち上がろうと催したティーパーティーで
振る舞われたのがこのケーキだったそう。
キメの荒いこの感じが大好き。
レシピとか少し調べていたら、「サンドウィッチ」というだけあって薄いスポンジ2枚でジャムを
挟む、この作り方があちらではポピュラーみたいです。
来年、浅いこの焼き型をスーパーで買ってこよう。
Tesco で £3.00 だって ❤︎

***
このスポンジ、いろいろにアレンジできそうです。
これは、先日の投稿で紹介した Laxey Beach Stop Cafe でいつだか買ったカットケーキ。
レモンカードあたりでトップをコーティングしても美味しそう。
家にある焼き型でやってみようかな。

旅のおまけ『Castletown “George Hotel”』

キャッスルタウンは、マン島の南西部に位置する海沿いの町。
その昔は首都だったそうで、イギリスの「保存状態の良いお城」ベスト5に数えられる
Castle Rushen があることで知られます。

お城のそばにはモニュメントがあり…
(画像は Wikipedia より。お城側からモニュメントを見たところ。)

ラリーの時だけ、車道から右へ向かい広場(当時は時間貸の駐車スペースとして使用)を通って
奥を回ってモニュメントをシケイン代わりに使う名物コーナーがありました。
下の写真は 2009年 Rally Isle of Man の 氣谷・溝井組が、モニュメントをパスするところ。

キャッスルタウンは、我々の定宿 Sefton Express がある Ballasalla (バラサラ)からほど近く、
ご飯を食べに行くにも便利なところです。
1枚目の写真、モニュメントの向かって右に写り込むのは George Hotel 1階はパブになっていて、
いつも我々の胃袋がお世話になっています笑
今年もお世話になりました〜

正面の入り口の上はバルコニーになっていて、かつてのラリーではキャッスルタウンのタウンステージ
実況をしていたこともありました

バルコニーを見上げながら、長い指で持ったマイクをこちらへ向ける Bob さんを思い出していました。
戻ってきたよ。