赤が多め

帰国したら赤い車多めのガレージです。
(手前はクイック作業のみかん色の Fiat 500…もう作業が終わって外へ)

さてお隣の Mk1 には、エキゾーストを取り付けます。

ホイっ
ピタっとボディに沿ってつきました。
ノーマルは左寄り。
ノーマルの方が当然取り回しはいいのですが、競技車のエキゾーストを後ろから見て中央にアレンジ
するのは、競技中にエキゾーストが損傷するのを防ぐため。

Manx National 2023 “Recce”

グレイス店主がマン島のラリーに復帰したのが2009年。
2010年リーマンショック、2011年イベントキャンセル。
2012年はもう1台伴なって2台で。
2013年からは、グレイス店主こと夫の隣に女房殿こと私が乗るようになりました。
2015・2016年には Team Japan として4台!マン島で共に走りました。
2017年を最後に Rally Isle of Man は幕引きとなり、実に6年ぶりの島でのラリー。
もともと島にあった、島のクラブが主宰する大きいラリーに今回照準を合わせました。


これまでのマン島でのラリーは、ペースノートを購入していました。
読む側としては、合ってる(間違いない)ものを読むので気が楽だったのですが、運ちゃんは
だいぶ事情が違ったようです。
大抵の場合、購入するペースノートはいわゆる『速い』車で作っていることが多く、スピード域が
違う我々とは、コーナーの番数(コーナーの深さを数字で表現します)やそれこそジャンプの数なども
違ってきます。
運ちゃんは、読まれればそれに合わせちゃう…だからペースやタイミングが今イチで自分の走りかと
言われたらそうではなかったらしいのです。

全日本で自分のノートは毎度作っていました。
今年マン島に復帰するにあたって、ハナからペースノートは自分らで作ることにしていました。
昨年ベースで、レッキ(試走:ステージの下見が許される日)は2日あると踏んでいました。
ところが蓋を開けたら…1日だけ。
前の週末日曜日に行うか、直前の木曜に行うか。
どちらにしても、1日だけ(これは厳しい…)。
その限られた時間でのべ17本のステージをこなさねば。

ギリギリの時間の中で、道を確認しながら道の形状を拾っていきます。
実際のステージスピードをイメージしながら、ゆっくりとしたスピードで確認します。
間違っても、全日本に時々居るような「練習してるダロ」的な人はいません。
事前に作っておいたロードブックの切り取りが大いに役に立ちました…

ステージの数々は、それはそれはよくできていて。
スタートが同じで、短いステージと長いステージが用意されているのはよくあることですが、
違う地点からスタートする2本のステージが、ある地点からルートを共有してフィニッシュ一緒、
という仕掛けもあり。
試走の時間を短縮するために、Final Instruction にはどのステージのどの区間、交互通行を許可する旨
記されていました。
つまり、一部の区間は来た道を戻って効率よく運ぶよう、主催者がが配慮してくれているというわけ。
ちなみにあちらは、日本のラリーでいうコミュニケーション(ラリー運営に係る細々した連絡事項)が
ラリー開催の少し前にまとめて公示されます。


今回は「この先マン島走りたい!」という、現在全日本に出て研鑽を積んでいるドライバーを連れて
行きました。
レッキは彼を乗せて、まぁ途中で降ろして…なんて思っていましたがどっこい。
お昼を食べる間もなく、飲み物やスナックを買うような時間もなく、とにかく830 – 1830 近くまで
ぶっ通しでのレッキとなりました。

今回同行しない娘 Aoi Kitani に、御守代わりに表紙絵を描いてもらって、持参しました。
娘は一緒でないことは一度もなかったので、終始変な感じでした…

夫が、ペースノートは自作なんだ!と吹いてまわった為、いろんな人が私が書いたノートを見に
やってきました。
日本語表記と英表記、mix のそれは現地の人たちに大いにウケて、表紙と中とを写真に撮ってました。

全て清書するには時間もなく、かといってターマックラリーとは言いつつも非常に道の悪いマン島の
舗装路を下調べしながら走り書きしたノートでは、非常に見づらいところもあり。
加えて上に書いた、ステージルートの組み合わせの妙で、ノートを完成させる必要があり…
明け方近くまでペースノートの整理は続きました。

さて翌日は本番。
時間管理もローカルルールが適用され、ちょっとよくわからんところもあり…
気になりますが、いよいよ昼過ぎから始まります。

Manx National 2023 “Leg1” へつづく

『次の通信』…できなかった笑

1つ前の投稿で予告したにもかかわらず、通信しないまま帰国しました。
月曜の朝のフェリーでメインランドへ戻るところまでは予定通り(Liverpool 10am 着)。
ささっと片付けをして、

– ダメ元で、リニューアルした British Motor Museum(Gaydon)へ向け、出発。
– 閉館1時間と少し前に到着、Archive Room のボスと再会。 ← ココ重要
– 博物館を駆け足で見学。
– プラプラ南下しながら、Cotswoldsの数ある町でも人気が高い Bourton-on-the Water へ。
– Bourton-on-the Water の公営駐車場で、帰りの BA7便が欠航になったことをメールで知る。
– そこで慌てて、代替便へ手配 → オンラインチェックインを済ませる。
– ホッとひと安心。散歩・夕食、メンバーのささやかな誕生日のお祝いをする。
– ロンドンへ。レンタカーを返却。
– 予約したホテル(2019年にも滞在)が移転しており、タームナル5 から歩いていけないことが発覚、
深夜にまさかの路線バスでホテルへ向かう。
– 翌朝、前日のうちに手配した、代替便の出発するターミナル(5→3に変更)へ、ホテルの有料
シャトルバスで向かう。
– 代替便は予定通り出発。約3時間後にはフィンランド ヘルシンキに到着。
– 約3時間の乗り継ぎを経て、Fin Air AY61 便で午後イチ 羽田に到着。

とまぁ、こんな具合でハチャメチャでした笑。
ともあれ無事で、相変わらずの慌ただしくも楽しい旅は幕となったのでした。

この先は…いつも以上に働きながら、ガレージの様子に加えて「旅のおまけ」シリーズで、今回の
渡航の様子を詳しく記したいと思います。
ラリーの前、ラリー中、そしてラリーの後+上記のドタバタフィンランド経由まで。
しばらくまた、お付き合いください。

ひとまず…ただいま。

応援ありがとうございました

Manx National 2023 無事、最後まで道の上にいることができました。
島の皆さんや、ラリー関係者の方々がたくさん声をかけて下さり、Covid を経て戻ったことを
とても喜んでくれました。

ローカルルールに戸惑いながら、焦りながら、グダグダしながらもどうにか乗り切りました。
総合65位、クラス3位。
ちなみにリタイヤが57台(エントリーリスト総数は139台)。
どれだけタフなラリーだったか、想像して頂けると思います。

表彰式でトロフィーもいただきました。
あろうことか、Best International Crew なる賞までいただいてしまいました。

月曜朝のフェリーでメインランドへ。
夜にはヒースローという駆け足スケジュール、今回は不義理をしちゃう人何人もいますが…ご勘弁。
次の通信は、ロンドンヒースロー空港近くのホテルから…の予定です。

余裕なくて

すみません余裕がなくてブログを更新できていません(汗)。
Recce(試走)を昨日済ませ今日から本戦、その前にシェイクダウンを走ってきます。
現地時間の 10:42am に TTグランドスタンドを出て行ってきます。

GG のインスタグラムのアカウントも一応あって、サブアカウンドもあるんです。
サブアカウントは留守番の娘が動かしてるんですが、様子がよくわかるので是非みてください。
(したのリンクをコピーしてみてください…)

instagram.com/garagegrace_yokohama.sub/

ステージマップと、ラリーの日程は “Rally-Maps.com” でご覧いただけます。

www.rally-maps.com/Manx-Rally-2023

Special Stage が、ライブ配信を行うようです。いくつか貼っておきます。

じゃ、行ってきます!

自走しないのは…初めて。

街に戴冠式の余韻がまだまだ残る中、島に向けて出発します。

今回は1台ということもあり、Paul のトレーラーで連れて行ってもらいます。

新緑のまぶしい街道を、船着き場のあるリバプールへ。
いつもは9月なので、草木の勢いが違います。
上へ上へと伸びる力を感じます。

世界遺産に登録されたリバプール。
毎度横目で眺めてきたデカい廃墟ビルも、手入れをしていました。
聞けば、夫が自分で運転して入らないことはなかったそうで。

あぁ、久しぶりの Albert Dock に到着です。
安定の English Weather フェリーは揺れるでしょうか。

さぁ、乗り込みますよ…

船内で流れる Safety Video が、一新!
古いの、娘と私は好きだったんですけど…これを聞くと「あーついに来たか」って気持ちになってた。
えーい、名残惜しいから貼り付けとこ。

沖に出たらそれなりに揺れました、
天気もだいぶ悪い中でしたが無事、島へ到着。
そして定宿へ到着。

いつもの風景、いつもの静けさ。
あぁ、戻ってきました。

Covid のあと

Southport に向かいます。
Covid を経て、変わったものと変わらないもの。
Covid が作用しているもの、いないもの。
時間は粛々と流れています。
誰の上にも。

Covid が作用
1 Paul 邸のキッチンリニューアル(IKEA)
施工はロックダウン中に Paul が。
奥さんが掃除しやすいように、直線的なデザインのものを選んだようです…
1800年代の建物なので、壁がデコボコで施工は難儀したそうです。

2 Paul 邸のダイニング?兼 書斎リニューアル(IKEA)

3 “A-Team Van” が生まれ変わっていた
“A-Team Van”とは、マン島ラリーで散々お世話になってきた、すんごいカラーリングのVW のバン。
(参考画像)

Paul が都度、友人から借りてくれていたものですが、この度譲り受けたとかで…
コレは残ってた笑

なーんと!

キャンピングカー的な仕様にモディファイされていました!
サーキットにはこれでトレーラーを引いていくんだそうです。
(タウンエースキャンパー計画を立てていた夫としては、先を越されたとほぞを噛んでいました笑

4 Tesco のオリジナル衣料品ブランド F&F フロア拡大
どこの大型スーパーマーケットでも同じことが言えるようですが、出かける機会を減らして、
そこへ行けば全てが揃うように衣料品の売り場が拡大してました。
商店街は軒並み閉店…どこの国でも起きていることは一緒ですね。

Covid が作用していないもの

1 たぶんあれは菜の花畑
バイオ燃料の原料なんでしょうか、菜の花っぽい黄色の絨毯がすごいスケールで広がっていました。

2 羊、減ったなぁ。
いなくはないのですが、一段と減った印象です。(画像なし)

3 物価が約2倍
これは時間が取れて取材ができたら、改めて紹介します。

半分内輪ネタですが、時間の過ごし方や人々の生活は確実に変化していました。
次の投稿では、リバプールへ向かっていよいよ島へ上陸するまでを記します。

出国 → 4年ぶり

チャールズ3世の戴冠式の翌日、店主と女房殿こと私は羽田空港からロンドンに向けて発ちました。
前日は首都高湾岸線が止まるほどの大風、聞けば翌日は首都高の入り口が閉鎖になるほどの大雨。
合間の日曜日に、出国しました。
昨年来の世界情勢の都合でフライトは約15時間、エラいところを飛んできました。
アラスカ→グリーンランド→アイスランド と通過し、スコットランドの方からアプローチ

その昔とは随分フライトの中身も違います。
クッションとブランケット、イヤホンの他はアメニティ的なものは一切なし。、
そもそも要らないと思ってたので…
機内情報誌もなし、おそらくは機内エンターテイメントでペーパーレスであるんでしょう。
(見てない)
薄手の雑誌が座席分、となればどれだけの重さか…
食後のお茶(紅茶、コーヒー、緑茶)もついに出てきませんでした。
コーヒーは1度、ビスケットと一緒にもらいに行きました。
これはもうここ10年ほどありませんでしたが、2回の機内食の間に出てくる軽食&アイスクリーム…
時代はどんどん変わっていきますね。

さて長旅の末2019年以来のロンドン。
いいお天気、気温は22度。
ヒースロー空港にも、戴冠式の余韻が溢れています。
うぅ…グッズとか買いたい…けど時間ないな、帰りまであるだろか?
レンタカーを受け取って、ひとまずパートナー Paul の拠点、Southport を目指します。

静かな連休

おかげさまで色々はかどります。

こどもの日、でしたから…ケーキ笑。

こちらは艶っぽく。
ワークマンで作業靴を買いました。

GW、ね

スタッフは連休を頂いています。
7日に出国する店主こと私には、関係のない話です笑

クラブのメンバーが、次のロードラリーの構想を練りに集まってきました。
ちょっとでも広がって欲しいんだけど…
試走に行きました。