8月が終わる

 去年の今頃(8月の中旬〜2週間)は、孫の入院でてんやわんやでした。

昨年のまだ寒い時期、台所での監督不行き届きで指にやけどを負わせてしまい…
軽度ではなかったため、一部の指が曲がった状態で治っちゃった、という感じ。
指導の通り保湿しまくってたのですが、1歳児に指はなるべく伸ばすように なんていう理屈は伝わる訳もなく。
曲がったままでは指の成長に響き、奇形みたいになっちゃうと言われたので皮膚移植の手術を受けることになったのです。

幼児ですから全身麻酔、手術としては 1H30M 程度のものでしたが術後は2週間様子見で要入院。
相部屋の泊まり付き添いは禁止、と説明を受け仕方ない…個室なら泊まりOKだというのでまだ幼いし個室をお願いしました。
去年の8月は、娘が初個展終わらせた直後。
寝かしつけの時間は準備におおわらわのママに替わってジジババが担当していたため、入院して環境が変わったこともあり尚更「ママ」ではすんなり寝ないという事案(笑)が発生。
そこで2交代制のシフトを組み、日勤ママ 夜勤ばーば で乗り切ることにしました。

3pm 過ぎ、店から自宅へ戻り簡単に夕飯の支度。
430pm 頃、自分の夕飯と翌朝食になりそうなものを簡単に持って、自転車で病院へ。
汗だくなのですぐシャワーを浴びる…この頃、じーじ(夫)が面会に到着。
530pm頃、夕食が届けられる。
(このタイミングでママとじーじは静かに退却)
翌朝930am 頃、ママが自転車でばーばが作っておいた弁当を持って病院に到着、夜勤のばーばと交代。
ばーばは自転車で自宅へ戻り、昼食の支度をして店へ。

この繰り返しを約2週間、ケージのようなベッドで本人が一番頑張ったし、周りもよく頑張りました。

これはある日のママのお弁当。

ホントは大好きなじーじが泊まれる日があればよかったのですが、形成外科の病棟が小児科と泌尿器科の MIX フロアで、小児科は女性しか泊まれない、と…。
意味が解らず説明を求めると、小児科は14歳までカバーしているから年頃の女の子が病棟にいる可能性もあるので男性はちょっと…という返答。
フタを開ければ、食事の時間になるとナースステーションの前には、食事の介助が必要なお年寄り(多分泌尿器科)が車椅子で何人も並んでる…お年頃の女子の姿などついに1度も見ませんでしたがま、規則ですから仕方ない笑


夜勤のばーばは、ポータブルの手元灯とPC・仕事(主にお帳面)を持ち込み、患者(孫)が寝た後に暗闇で仕事してました笑

ちょうど会社が8月末が決算。
まさに今、鋭意取りまとめ中で1年前のことをいちいち思い出しながらやっています。
当分の間、毎年この時期になると入院中のあの日々を思い出すのかな…と思っているところです。

秋になるハズなので

もう暑いの飽きたので、早よ秋になれ!ってことで自宅のバスタオルを新調しました笑
6色展開で、3色を2枚ずつ…と一度は手に取ったものの、どれも捨てがたいので1枚ずつ全色購入しました。

あったりなかったりがありますが、『加賀五彩』を思い出しました。
加賀友禅や九谷焼の彩色のベースにもなっています。
加賀は夫の父のお里、氣谷本家(夫の父は本家の跡取りでしたが上京)とその墓所は現在のかほく市にありました。
一昨年 改葬(お墓のお引越し)をしたので、あちらにはお墓も親戚ももうありません。
が、菩提寺はあちらなので、隔年でお邪魔しようと話しています。
昨年末の加賀行きはこちら → Day1 Day2

今年は…行こうかどうしようか。
隔年ってことなら今年は行かないんだけど、近江町で年越しの支度をしないのもチト寂しい…
…って、暮れの心配するような季節????
明日で8月が終わります…
(今日明日と、最高気温 40℃ に届くところがあるって予報だけど???)

活気がある

店主は、先日室内を剥いだ車両のエンジンを下ろし、視線を向こうへやると…
DIY のMk1 が2台「ドンガラ」になっています。

いやはや活気があって暑さも吹き飛び…ません笑
でも、大変好ましい光景です ❤︎


組み上がり塗り上がった Rover Mini のエンジンが1基。
連日とんでもない湿度なので、冷房の効いた工作室で組み上げていました。

アッチーからこそ 「いい湯ダナ」

細かいもの、大きいもの、片っ端から超音波洗浄機で いい湯ダナ。

彼らには暑い寒いより、湿気が辛いですねきっと。
過去の洗浄(しょっちゅうやってるけど)は こちら。

いい湯ダナ
今日もいい湯ダナ

***
反対側では、先日内装を全て取り去った個体のエンジンを下ろします。

工作室では、娘がエンジンを1基バラしています。

こんなに暑いけど

先日、納車の供をしました。
すると…秋の虫が鳴いてるじゃぁありませんか!

帰宅時、少しずつ暮れるのが早くなってきたねぇと娘と話した矢先。
比較的新しい家なので、よほどの雨が降らないと窓を閉め切ってると外の音はわかりません。
なので、家の中では虫の音が聞こえていることに気付いていませんでした…

そしてカレンダーを見れば、1年の 2/3 がまもなく過ぎ去るらしく…

「足りている」ということ

モノが溢れるこの時代。
もっと!もっと!それも成長のカギだったりして、時に大事なんですけど。

足りている

これも大事。
「足りている」この状況が、無理せず目の前にあることがありがたいと最近切に思います。
年取ったのかな。
あんまり上手く言えないけど…

例えば

お昼は前夜の残りものベースで全然美味しくいただけるし。
孫のお茶碗はずーっと我が家にある、誰が使ってたんだかワカンナイ
小さい瀬戸物の茶碗で最初はたくさん。
孫がこの夏に着た甚平は、私の姪っ子3人と娘が着たもの…袖通すの5人目。
孫に本はたくさん買ってやるけど、おもちゃは…割とママが作ってる笑

こんなので十分、足りるんです。

季節の花が家で咲く、それを摘んで家の中で楽しむ
(力は入れていません+夏を除く 笑)。
出汁が香る、湯気の上がる味噌汁
(具は大したものでなくたっていいんです)
家に生えてくる大葉を、蚊に刺されながら摘んで薬味にする
(もう何年もこぼれ種で出ます)

こんなので十分、足りるんです。
っていうかこの辺りはむしろ、場合によっては「贅沢」なんて言われることも。

もっとシンプルなヤツだと…
今日も1日無事に終わるなぁ(と思いながら毎日お風呂の栓とフタをする、毎日の小さな行事については こちら
とかね。



夫がよくいうのですが
おなか空いたなぁ…でもいざ食べ始めても割とすぐおなかいっぱい。
これって、自分の身体的には「足りてる」んだよね。
世の中の人、食い過ぎだよ。

おかげさまで、毎日足りていることに感謝して暮らしています。

フックの正しい使い方

本日は娘の Mini を拝借、汗をかきかき他出しました。
近くへ行ったので、みんな大好き『文明堂』の工場売店へ行き、

かすてら巻 切り落とし
かすてら 切り落とし
どらやき B級品

よくよく考えると、おんなじようなものをひと通り購入。
帰り道にはグレイスで手がける全ての Mini の競技車に必ずついている『フック』に、買い物袋を引っ掛けて店へ戻りました。

位置が個体によって微妙に違ったりしますが、このフック正しい使い方は…

三河湾ラリー2025 セレモニアルスタートのゲート下でスタートを待っているところです。
(ちなみに映り込んでる白いシャツの方は、現在の日本のラリー界を束めている超重鎮)

じゃなくて。
正しい使い方?は、ヘルメットのホルダーなのです。

ミニの小ささは、それ自体が強大な(小さいけど)戦闘力です。
その代償といいますか、余白がないので収納がとにかく厳しい!
殊、ヘルメットは畳むこともできず近年では hans(頭部と首を保護する装置)も加わり、とにかく場所がないんです。

その昔、ロールケージ(車両が横転などした折に乗員を守るべく、室内に組まれるパイプのフレーム)は比較的簡素だったので、リヤの空間に「ヘルメットハンモック」なるものを引っ掛けて収納(ハンモックに預ける、そんな感じ)していました。
時代が進むにつれ安全装備の規定がより厳しくなり、近年ではダイアゴナル(斜めに渡すバー)の装着が当たり前になり、ハンモックは使えなくなりました。
そこで苦肉の策というか、消去法でココしかないというか…コドライバーの眼前に2人分ぶら下がることになりました。

SS を走り終えると、タイムカードへの記録の為に Stop Control で停止しなければなりません。
記録を終えると移動区間=ロードセクション(一般道)に入るわけですが、多くのクルーがロードセクションに入ってまもなく、ヘルメットを脱ぐために道端へ車を止めます。
トランクにヘルメットを収納しているクルーは、車から降りてトランクへ2人分収納、のち走り出して次のポイントを目指します。

うちのドライバー(グレイス店主のことですが)は基本、止まりません。
ステージで酷使したブレーキやエンジンを、走りながらなるべく穏やかに冷やしたいという考えからです。
むやみに停止すると急激に圧が上がったり更に熱を持ったりするので、少しでもいい状態で最後まで残るために我々は 安全装備を解くために止まりません。
フィニッシュして Stop Control に達する頃には、hans のアンカー(ヘルメットとをつなぐ接続金具)やヘルメットのあご紐に手をかけ、ヘルメットを脱いで…どんどん解いていきます。
タイムカードへの記録が終わるや走り出し、その頃にはもう次の方向指示を出しフックにヘルメットを掛けて収納完了、そんな感じです。

そもそも私は、マン島で鍛えられました。
私(女房殿こと店主のコドライバー)がステージラリーを始めた2013年〜 あの頃は、時間にがんじがらめに支配され遅れはペナルティに直結していました。
なので、ヘルメットを脱ぐこともそうですが、かぶる時間もかつっかつ。
おかげで被るのも脱ぐのも爆速です笑
時間を遵守せんが為の危険に配慮するようなルールが敷かれるようになったのは、コロナの後に復帰したマン島でのラリーから。
…とは言っても、時間はキリッキリに組み立てられているのでちっとも余裕はありません笑
車載カメラに時々映っていると思いますが、まー慌ただしく安全装備を解いてあたふたと走り出す、そんな我々です。

ラリーのドキュメント類 今昔

ここ数日、過去に氣谷が走ったステージをふりかえっていまして。
手元に全てあるわけではないのですが、過去のロードブックをパラパラと紐解いたりしています。
これは1994年、これは Regulation です。
その昔はもちろん取り寄せ。
今や、アプリで通知が来て、瞬時に確認することができます。

かつては公式通知やスタートリストなども、HQ の掲示板に示されるだけで。
どんな夜中でも、仲間の誰かが掲示板を見に行って確認したものです。
通知の類も、ご飯食べててもホテルで支度におおわらわでも、翌日に備えて布団にいても確認できるんですから…

2023年の Manx ふりかえりでも、アプリのことについて触れています。
今は日本でも、多くのイベントがこのアプリを採用しています。

いやはや、ずいぶん時代が変わったなぁ。


1996年、West Yorkshire のLeeds に HQ だった RAC International Historic Rally

ロードブックを開けると…

あらまぁ。
裏表紙に旧 9741(1989年の初ラリーから90年代、氣谷が乗った Morris Mini Cooper)が!

1992年以来、RAC Historic は皆勤賞だったそうで、日本からえっちらおっちら参戦するコンペティターはある意味、目についたのかなぁ…
「あぁ今年も来るのね」的な。

継続は力なり。

やっと来ましたってば…

あー待ち人来たりて…
もーここのところの海運にはうんざり。
日本がいかに世界から取り残されてるかが、如実にわかります。
ラリー車を送り出すのも、大陸たとえばシンガポールとかまでアプローチするのが大変。

『日本がモノを製造していた頃』
日本は資源に乏しい国。
材料を輸入して 作って 輸出していました。
1985年公開の Back to the Future の中にも、1985年からやってきたマーティーと1955年を生きる科学者のドクとの間に、時代を写したやり取りがあります。
(ウチにはコンプリートボックスがあるんですね〜笑)

ドク:こんなちっぽけな訳の分からんものがそれほど問題になるとは信じられんな

30年後のマイクロチップの存在に驚くドク。
過電流(落雷)でタイム回路を制御するマイクロチップがショートした状態のデロリアンを前に

ドク:あー故障するわけだ、こいつは Made in Japan だ
マーティー:何言ってんだいドク !日本製が最高なんだぜ
ドク:はー!とても信じられん!!

ちなみに、Part 1 でドクが自分の研究の記録の為に使っているビデオカメラは JVC (日本ビクター)製 調べたら、ケンウッドと合併してました…

そんな時代もあった日本でしたが、モノを作らない国になりました。
作らないから材料の輸入もしない、今や日本はアジアの「離島」そんな感じですかね。
食品から何から輸入に頼り切ってるけど、そこを絞められたらあっという間におしまいという図式が、素人の私でもわかります。
ヘーキなの?日本?


ちょっと脱線しましたが、そんな「離島」に混載で海運した貨物がやっと届きました。
やっと
やっと
やっと

やっと鈑金できます…

試運転

13日に始めた エンジン/トランスミッション載せ替え。
翌14日にはエンジンベイに O/H 済みのものを収めたのですが

やれ水廻り
やれ電気廻り
やれ細々したの
見過ごせない事案があれこれ
ケーブルテレビで放映されてる、車をチャチャっと直して高く売る某番組では軒並みスルー。あれは見て見ぬふりなの?
グレイスではそんなことは間違ってもしません笑
せっかくのチャンスですから良くします。
面倒くさいけど、手間はケチりません。

このあとエンジンかかり、本日は試運転がてらこのミニに乗って帰宅しました。