日曜は、女房殿こと私の祖母の7回忌の法事でした。
女3人で列席、大家族でもないので正月に会ったメンツが再び集いました。
両親、妹とその家族、私の従弟が2人、それに我々 総勢12名。
私は和装、母も着物を着るというので、少し早めに実家に行って着せ付けのお手伝い。
私が袖を通したのは、従弟たちの母親…つまり私の叔母が用意してくれた小豆色の色無地、一つ紋は実家の家紋である丸に剣片喰がぬい門で入っています。
流水の地紋に浮き立つ菊の模様は、私の記憶が正しけれ山繭(生糸とは別物、繭は薄緑色で光沢のある太めの糸らしい)で織り込んであるものらしい。
襦袢は、当然見えませんが亡くなった祖母が礼服用に着ていた地紋の入った白。
帯も祖母が使っていたもので、夏でも使えるように夏の素材とのリバーシブル。
帯揚げもどっかから回ってきたもの笑
草履は裏に「浜中」(私の旧姓です)って書いてある…
昔はお弔いは自宅でやることが多かったですよね。
私が小さい頃はまだまだそうでした…お隣の奥さんが亡くなったとき、お葬式行ったもの。
殿方は黒い靴、ご婦人は黒い草履、おんなじようなものが玄関にドバーッと並んで。
草履の裏を確認して履いたんでしょうか…思い浮かべると笑っちゃいますね。
いい加減古いものだし、きっといいものでもないだろうから(出番がほぼないからね)鼻緒がもうゴワついてて長い時間履いてると痛くなってくるんですが、裏書が面白くて捨てられない笑
自分で買ったのは帯締めと喪服扇くらいかしら。
喪服扇は2度と同じことが起きないように、と使い回さず処分したものだそうですが、悲しみごとが2度と起こらないなんてあり得ないので、そこは合理的に考えて使い回しています笑
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母に着せ付けましたが、3回忌法要の時より背中が曲がっちゃった…
昭和23年生まれ(78歳)、かつては168cmあってすらっとカッコいい母でしたがずいぶん小さくなりました。
娘の頃は、お茶のお稽古の行事(初釜とかお茶事とか)というと母に着せてもらってました。
嫁して自分で覚え、今では時々楽しみで着物を着て出かけたりします(ごくたまにです…)
ずいぶん時間が経ったなぁ…そして人生なんてあっという間だなぁって最近よく思います。
着せてもらっていた頃のことは、昨日のことのように覚えているのに…
年、取ったんだな。