いつも行かないスーパーマーケットに行きました。
自宅からそう遠くなく、でもあまり好みではない地域…って、ありますよね。
業務で遅くなり、孫を伴い 630pm 頃になってしまったので、あぁ牛肉あるから簡単にハヤシライスでいいや…そんなことを考えながら、目当てのお菓子売り場目指してまっしぐら。
ひとりでお菓子売り場をうろつく少年、お母さんの持つ買い物かごに次から次へとお菓子を放り込む女の子。
レジ先で見かけたのは、お父さんと2にとで買い物に来て「今日はトマトカレーなの?」と言ってレトルトカレーをレジ袋へ入れる女の子。
他にはカツ、シュウマイ、それからアイス。
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『孟母三遷』という言葉を思い出しました。
中国 戦国時代(紀元前300年代)の儒教思想家の孟子の母が、教育のために住まいを3回変えた、という故事。
最初に墓の近くに済んだら葬式の真似ばかりするので転居、市場のそばへ移ったら商売人の真似をして遊ぶので転居、学問所のそばへ越したら礼儀作法の真似をするようになった、という言い伝えから、子どもの教育には適した環境を選ばねばという教えです。
駅前の地域の子とそうでない地域の子では子の気質が違うと、公立の小学校教諭を引退した人から聞いたことがあります。
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あたふたと買い物を済ませ、家へ戻るや炊飯器でご飯を炊き、野菜やらお肉やらを切っては放り込み、赤ワインを入れアルコールを飛ばしてから、ブロッコリーを茹でた茹で汁でそれらを煮て、ルーをぶっ込んでささっと夕食にしました。
並行して、翌朝のパン(チャバッタです)の生地を捏ねては休ませ…を繰り返していました。
その間ずっと、どこで暮らして何を食べて…どれだけ大事かを考えていました。
忘れてはいけない
3.11 今年のこの日も、取引先(お世話になりっぱなしの)の信用金庫の店頭に弔旗があった、と女房殿から聞きました。
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旧ブログが飛んでしまったので記事はありませんが、一番歳の近い兄があの日石巻の自分の工場で被災し、長男を津波で亡くしました。
安否が数日知れず、藁をもすがる思いで『Person Finder』に登録し情報を待ちました。
するとそれを見た盛岡にある兄の取引先の人が、私に連絡をくれました。
盛岡での揺れの様子を聞き、兄のことで情報をなにか得たら共有しましょう、と話をしました。
宮城県警の亡くなった方リストが日々更新され、そこに長男の名前を見つけました。
長男は兄の会社で一緒に働いていたので、家族一同絶望に包まれました。
すると数日後、次姉のところへ兄からポロっと電話が…
自分の電話はとうに充電がなくなったので使えず。
かけてきた電話は、兄の病死した奥さんの実家の人たち(花巻)が届けてくれてたもので、電話番号を誦じていた次姉のところへ電話が来て、それで家族が知るところとなりました。
すぐにでも駆けつけたかったのですが高速道路も満身創痍な状況で、物資の輸送を最優先するとして一般車は通行を制限されていました。
4月になってようやく規制が解かれ、兄の次男のワンボックスで私と長兄との3人で思いつく物資を積んで石巻へ向かいました。
兄は「食べ物はびっくりするほどあるんだよ、避難所に行かなくても届けてもらえる」と。
そう言っていたのにも関わらず、長兄は栄養価が高いから…とコンビーフの缶をいくつも携えていました。
兄の工場に着いて兄の顔を見てから、荷解きをして出てきたコンビーフを見て一同、少し笑いました。
自宅は2階の床から 20cm くらい津波に浸かり、ベタ基礎の家が流れてきちゃってたり人んちの車が家に刺さってたり、ひとことで言えばめちゃくちゃでした。
2階の衣装ケースの下の段に入っていた兄の服は津波に浸かってしまい、上の段に入れていた長男の服はかろうじて浸からなかったので、我々が行った時も兄は長男の服を着ていました。
兄の長男は工場で兄と一緒に地震に遭ったのですが、携帯電話だったかな…を取りに自宅へ自転車で戻る間に津波にのまれてしまったそうです。
死因は溺死、財布をズボンのポケットに携帯していたので身元の確認が早くできたって…
我々が行った時、兄が何をやっていたか?
従業員さんにお給料を払う日が近づいていたから、お金をかき集めていたっていう…
兄は時計の文字盤をプリントするのが仕事、小さいながらもメッキ層を持っていたのですが
「みんな流れちゃったよ…」
***
弔旗の話を聞いてうわぁーっとあの時のことを思い出しました。
上に書ききれないくらい。
たった15年のことなのに、だいぶ離れたここでもいろんな思いしたのに、すぐ忘れちゃう。
忘れちゃいけないね、女房殿と話しました。
数年前に、兄に会いにいきながら墓参した折のことをここで紹介しました。
しばらくまた兄と会っていません。
今夜あたり、電話してみようかな。
色喪服
日曜は、女房殿こと私の祖母の7回忌の法事でした。
女3人で列席、大家族でもないので正月に会ったメンツが再び集いました。
両親、妹とその家族、私の従弟が2人、それに我々 総勢12名。
私は和装、母も着物を着るというので、少し早めに実家に行って着せ付けのお手伝い。
私が袖を通したのは、従弟たちの母親…つまり私の叔母が用意してくれた小豆色の色無地、一つ紋は実家の家紋である丸に剣片喰がぬい門で入っています。
流水の地紋に浮き立つ菊の模様は、私の記憶が正しけれ山繭(生糸とは別物、繭は薄緑色で光沢のある太めの糸らしい)で織り込んであるものらしい。

襦袢は、当然見えませんが亡くなった祖母が礼服用に着ていた地紋の入った白。
帯も祖母が使っていたもので、夏でも使えるように夏の素材とのリバーシブル。
帯揚げもどっかから回ってきたもの笑
草履は裏に「浜中」(私の旧姓です)って書いてある…
昔はお弔いは自宅でやることが多かったですよね。
私が小さい頃はまだまだそうでした…お隣の奥さんが亡くなったとき、お葬式行ったもの。
殿方は黒い靴、ご婦人は黒い草履、おんなじようなものが玄関にドバーッと並んで。
草履の裏を確認して履いたんでしょうか…思い浮かべると笑っちゃいますね。
いい加減古いものだし、きっといいものでもないだろうから(出番がほぼないからね)鼻緒がもうゴワついてて長い時間履いてると痛くなってくるんですが、裏書が面白くて捨てられない笑
自分で買ったのは帯締めと喪服扇くらいかしら。
喪服扇は2度と同じことが起きないように、と使い回さず処分したものだそうですが、悲しみごとが2度と起こらないなんてあり得ないので、そこは合理的に考えて使い回しています笑
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母に着せ付けましたが、3回忌法要の時より背中が曲がっちゃった…
昭和23年生まれ(78歳)、かつては168cmあってすらっとカッコいい母でしたがずいぶん小さくなりました。
娘の頃は、お茶のお稽古の行事(初釜とかお茶事とか)というと母に着せてもらってました。
嫁して自分で覚え、今では時々楽しみで着物を着て出かけたりします(ごくたまにです…)
ずいぶん時間が経ったなぁ…そして人生なんてあっという間だなぁって最近よく思います。
着せてもらっていた頃のことは、昨日のことのように覚えているのに…
年、取ったんだな。
そんなに休みたいかっ!
昨日(2月19日)、午後陸事へ行ったら激混み!
ミニだからどうにかすり抜け(ズルはしてない笑)早めに終わったけど、まーすんごい量。
聞けば、ナニ次の週末はまた連休なんですって?
月曜からめた3連休ってなると、世の中金曜から休んじゃう人も少なくないんだとか。
だ
か
ら
連休前木曜の陸事は激混み、らしいです。
どんだけ休みたいのさ。
…っていうか、そんなに休んでて仕事になるの?
自分的には、休んでいられないよ…
車窓からの風景
週イチの買い出しの帰り道。
校外活動をする小学生の一行を見かけました。
娘がいいます。
「へー今ドキはタブレットなんだね〜やば。」
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娘の時代は、『探検バッグ』なるものを学校で購入、
袋とガバンが一体になったような、そんなもの。
(コレコレ!画像はインターネットより)


ノートと筆記具などを入れて出かけ、出先で得た情報をノートに記録して持ち帰る(校外)。
教室では後日、自分が持ち帰った情報を調べたり掘り下げたりして、校外学習のまとめをする。
よくやったのは、レポートや新聞に得た情報をまとめて、見やすい形に整える。
こんな感じでした。
ネットでちょっと調べたら、タブレットを使った学習が有益である理由がこんな風に書かれていました。
– 現場で効率且つ詳細に記録
– クラウドを介してクラスメイトなどと情報をリアルタイム共有
– その場でレポート作成
タブレットでやる必要ある?
子どもはこういうツールあっという間に操るから、「将来使えないと…」的な心配は無用よね。
初等教育の課程でこんなツールに頼ったら、考える力とか観察力とか表現力とかの育成の邪魔でしかないんじゃないのかな。
例えば「春を探しに行こう!」って出かけて…
見かけた木の芽や下萌の写真を撮って、検索ツールで植物の名前を特定、保存〜 とか。
我々は…娘の頃だって、見つけたものをスケッチしてってやってたよ。
デジカメで撮って、みたいなことも一部してたけど
自力で情報を集めて、自力で記録して、自力でまとめて…そこが大事なんじゃないの?
そこに時間を割かないでどうする?!小学生のうちからそんなに生き急がないといけないの?
しかも。
タブレット使いまーす、ってなったら
– 高価なものの管理(雨降ったらどうすんの)
– 使うまでに整備が必要よ(充電とかは先生がやんの?)
– さすがに1人1台、ってことはないだろうから使った後も要整備
準備してもらって、片付けてもらって。
そういうのも含めて学びなんじゃないのかね…
口開けて待ってる…せっかくやってるのに校外活動の主旨から逸れてっちゃうぞー
—
ちょいと車窓から見かけただけなのに、そこから道中いろんなことを思ってモヤモヤしちゃいました。
出勤したら辺りが水浸しだった件
出社したら、ガソリンスタンドと反対側のお隣さん(建機屋さんの置き場)の方から水が道路にジャージャー出てて、
「おぉーおぉーなんだなんだどーした」
シャッター開けて木戸開けて、中に入ったらなんか音が…
「え?!ちょっと隣りじゃなくてウチなんじゃない?!?」
水出ない やっぱり…
—
すぐ大工さんに連絡、すると…
「あちこちから(水道管破裂の)SOS 連絡が入ってて…今日だけで5件、手が空き次第誰かが向かいます…オレかなぁ今、厚木にいますけど」
—
4pm頃。
救世主が現れたーそして水が出た笑


笑い事ではありません。
大きい地震は遠くない将来にきっとある…地球のシワの上に住んでいるのですから当たり前です、
飲むものもそうですが排泄…
小さい子も居るし、有事の衛生面の問題も考えておかなくてはと思いました。
—
並行して女房殿が水道局に電話。
水道メーターぐーるぐる回っちゃってたので、何か措置はあるものかね?と思って。
音声案内が
「水道管破損が多く発生しているので、お電話が大変繋がりにくくなっております」
そんな風なことを言っていました…
『漏水に伴う水道料金等の減額について』
という書類に工事の請求書を添えれば、減額措置が受けられる と440pm に判明。
ココの水道料金は基本料金しか払ったことないので、書類を添付すれば一目瞭然でしょう笑
かくして、旗日前の小さな大騒動は一件落着。
うゎー!ありがとう
昨年初夏、正面に木戸がつき
ついにグレイスの1F に『エアコン』がつきました!

あったかいよ…
これまでの環境がウソみたいよ…
お客様でもある、いつもお世話になっている大工さんが、よその現場で撤去した業務用のエアコンを「もったいないからつけてあげるよ」ということで譲っていただいたのです。
あったかいよ…
だって、ダウンベストなしで作業してるよ…
土間だからしもやけは多分続くけど、でも劇的に改善。
あぁ…ありがたいなぁ…
ってことは夏も涼しいよ…
いやぁ…いろいろある
日曜、業務を終えて帰宅すると女房殿が
「緊急の電話が入ったんだよ…」
折り返すと…
知り合いがお手伝いしている人が Monte Carlo Historique にエントリーしたそうで。
車両を海運したけど、船便が遅れに遅れ(うえぇ…どっかで聞いたような…思い出したくもない回想はこちら)受け取れるのがイベント終了日ってことが発覚…
現在は UK にいて、これから出られる車を探して出場に漕ぎ着けたい。
誰か知らないか?良い知恵はないだろうか?
スタートは… 1週間後。
車検はオーガナイザーに相談して、スタート日午後ギリでいいという話を取り付けてある模様。
えらいこっちゃ…
UK の巨匠(Norfolk 在住、ステージラリーもロードラリーも、ドライバーもコドライバーもこなす大ベテラン、ステージラリーは数年前に引退)に連絡、良い知恵はないかを問い合わせ…
程なくして返信をくれ、Arrive & Drive というサービスがあると教えてくれました。
それを転送、震源地(当事者の方々)では SNS のコミュニティー上で、過去にずっと Monte Historique に参戦していた車両の売却のに辿り着き…
1980年代の車両を、ノルウェーの人から購入できることになったそうで、明日にもノルウェーはオスロに向かって DNS(Do Not Start)は回避できるみたいです。
奇しくもそんなピンチのお相伴?に預かった我々としてもホッとひと息…あーよかったぁ。
でもフィニッシュしたら、
– 日本から送った車を黙って送り返す
– 購入した車をどうするのか
を手続きしてからの帰国、というモヤモヤする案件がきっと待っている…
いやぁ…いろいろある。
ちなみに私は、パンデミックに因るものも含めると3回イベントのキャンセルを喰らっていて、UK に入らず CUSTOM(税関)のお世話にならずに踵(きびす)を返して帰国の手続きをした経験があります。
いろいろあります笑
でも、考えようによっては…
難が無いのは 無難な人生
難が有るのは 有難い人生
どこかのお寺の掲示板で見ました。
さて、今年の Manx Rally参戦車両 船積みも、ドえらく早いスケジュールになりそうです…
(いかに日本が世界から相手にされてないかがよくわかります残念)
時代は移っていく
輸入貨物の消費税の払い方は、会社によっていろいろ。
手続きを踏めばクレジット決済できるところもあれば、貨物と引き換え現金払いのところあり。
納付書が後日別送されてきて、払込をするタイプの会社の書類。
しばらく見ないうちに、インボイスから払込表までカラーではなくモノクロ印刷に。
コンビニの払込表と銀行の払込票が1枚になったものが同封されてくるのですが、境界にミシン線もなくなってました。
支払いをしたら控えを受け取りますが、そこのミシン線も消滅したのでレジで納付を受け付けた人はハサミで切るか定規などをあててピリッとやるんでしょうね。


モノクロ印刷でも、ミシン線無しでも、こちらはひとっつも困りません。
これでお金の無駄遣いが減れば結構なことじゃありませんか。
日本の百貨店(とそのユーザー)は、是非こういう事例から学んで意識改革してもらいたいもんです。
過剰なお包み…要らないでしょ。
百貨店業界に少し居たからよくわかりますがアレ、異常です。
日本の『包む』文化は確かに昔より、ただ包む以上(思いを一緒に包む、とかそういうこと)の何かがあると信じられて来ましたが、それにしてもアレはなんだ。
私もラッピングにはこだわるほうですが、でも。
時代は移っているのだよ。
クリスマス?何だっけ笑
以前も書いたかな?
私がこの家に来た最初のクリスマスのことは、以前ココに書きました。
まぁどなた様もこの時期は忙しいですよね…
お外でディナーなんて悠長なことは言っていられません笑
いつも通りのおうちごはんです。
とはいえ、、ちょっとだけ手をかけます…
鶏肉ではなく、牛 ごぼうの牛肉巻き(スライスしたお肉のサイズ間違えて、フィンガーサイズ笑)
甘辛く煮たごぼうを片栗粉をまぶした牛肉の薄切りで巻いて焼いたもの。
焼き色がついたらごぼうの煮汁を入れて味を絡めます。
はたいた片栗粉が程よいとろみを生じさせ、タレがほんのり絡みます。

食後にはケーキ❤︎
娘のバイト先、Bakery House Aoki のデコレーション 4号をショートとチョコの2種類!

今年も突っ走ってあと1週間足らず。
今年の営業は28日午前中までです。

