これは、過ごしやすくなったの?

どうやらまだまだ一時的なものみたいですが、朝夕はちょっと様子が違います。
そして何より、陽が落ちるのが目に見えて早くなってきました。

グレイスは手こずった案件?はありましたが、特筆すべき…?ことは珍しく無くて、店主は淡々と仕事をしています。

バターナッツかぼちゃ

↑ ↑ ↑
こんな名前なの、あなた。

八百屋で見かけたことはありましたが、自分で買い求めることはなかったこのかぼちゃ。
頂いたので…ポタージュを作りました。

繊維質が少ない印象、サラっとした感じです。
今日のお昼は、クリームチーズを塗った食パンにスモークサーモン・生ハムと枝豆でオープンサンドを拵えて、ポタージュを添えました。
クルトンは、食パン(ホームベーカリーが焼いてくれます)をキッチンばさみでダイスに刻んで、トースターで炙りました(焦げ気味)。

種をよけておいてみたのですが、果たして来年植えたら芽がでるかな…
八朔は植えてみたら一部発芽して、今苗木が5本くらいあるのでカボチャもやってみようかな…

八朔の苗木、もし欲しい方がいらしたらグレイスまで笑(ホントに)
ちょいとアゲハに喰われてますが、よろしかったら差し上げます。

敬老の日の過ごし方

近所のお菓子屋さんは、カットケーキがよりどりみどり。
我が家には年金受給者がおりますので…
買ってくしかないっ
目移りしちゃうな…

うんうんささやかな幸せ笑

今日はいっぱい歩いたら調子がいいと、年金受給者は言っています…
ちっこいのから元気をもらって、毎日「無事」に過ごしましょうね。

COACH のカバン

この家に嫁に来る前、2年ほど アメリカのバッグメインのファッションブランド “COACH” のお店にいました。
私が居たのは、銀座三越のショップでした。


その昔 COACH といえば、きまって三越のライオン口(正面玄関)を入ったところに売り場がありました。
なぜって、COACH の日本国内での正規品の取り扱いは、当時三越の100%子会社が独占していたから。
のちにコーチジャパンが発足、社員は丸ごとコーチジャパンに移籍となり私もその中のひとりでした。

私が入ったのは、ちょうどぶ厚い革のカバンをやめてしまった頃。
(メンズとごく一部のモデルに僅かに残ってたかな…)
ダッフルサック…いわゆるバケツ型の肩掛けカバンにずっと憧れていました。
が、私が入った頃にはラルフローレンからデザイナーを迎えて、デザインが大刷新された頃。
COACH の ”C” を全面に押し出すデザイン『シグネチャー』が新しい定番となっていく…そんな時代でした。
私は、決してスタイリッシュではない”ぶ厚い” COACH が好きだったんですが…

COACH は元々、乗り物の COACH 馬車から名をとったと聞いたことがあります。
シグネチャーの ”C” は、幌馬車の幌のアーチの形 Cをデザインしたものだそうです。


ぶ厚い COACH はそもそも食肉牛の皮、捨てちゃう部分をなめして活かしたのが始まり。
食肉牛ですから、いいもの食べてる♡
そして成牛だから厚みがあって丈夫♡

なめして
着色して
外縫いでカバンにして
縫い目にパイピングを施して

それが COACH のカバン。
今様に言う「サスティナブル」だと思いませんか?
捨てちゃう部分を活かして、厚みがあっても外縫いなら比較的縫製もしやすく、パイピングは擦れたら交換可能!

イメージわかない方のために…
これが唯一私の手元にある、今となっては ちょっとしたVintage …Ergo ってモデル。
入社してすぐ、社販でまだ古いモデルが残ってたので買い求めたものです。

残念ながら、憧れのダッフルサックはもう残ってなくて買えませんでした。


在籍していた頃、店頭でカバンのクリーニング&艶出しサービスをしていました。
メーカーとしてクリーナーとモイスチャライザーを出していて(販売もしていてた)、店頭で自社カバンを持っている人にスタッフが声をかけて、店頭でお手入れして差し上げる…というサービス。
ライオン口はどこの店舗も待ち合わせによく使われるので、購入したくて見ているのか時間潰しで眺めているのか正直わからないんです。
今、その慣習?が続いているかわかりませんが、いかにも百貨店系の会社らしいアイデアだなぁと思ったものです。

手持ちの Ergo、娘も年頃になりこの間、彼女が出かける時に貸したので、今までより出番が少し増えるかなぁ…と思って、手入れをすることに思いが至りました。
まだモイスチャライザーとか買えるのかな?
オンラインショップへ行ってみたら…買えるみたい!(だーいぶ値段が上がってたけど!)

気に入ったものを手入れして長く使う…道具の基本です。
そして扱いに気を使うような高級品ではなく、実用に即する頑丈でキチんとしたカバン。
自分の身の丈によく合っている気がするので、この先も大事にします。

できれば 程度の良いダッフルサックを探して買い求めたいなぁ…


この小包が届いた時のこと。
クリームの小瓶を2つ買っただけなのに、なんなのこのパッケージは?!
やりすぎだよ…もったいないって。

でもって、購入した小瓶2つをどかしたら…
一番小さいサイズのショッパー(紙袋)2つと、万一の返品に備えて着払い伝票が同梱!
商品の数だけショッパーを入れ、パッケージ1つにつき着払い伝票を入れるのがルールなんでしょうが…
必要なのこれ?!
創業以来のぶ厚い サスティナブルな COACH が好きだった世代からすると、違和感しかありません…


私がいた頃は、商品は続々と入れ替わっていましたがまだまだ過渡期で。
納品の時に入ってくる厚手のボール紙の折りたたみの箱に包装紙+リボンでプレゼント包装してました。
割と「あるものを使い」ながら、百貨店系らしく「お包み」は手を抜かないで…そんな感じでした。
バカスカ売れる店舗の狭い狭いスペースで、ギフト需要に対応してでっかい箱を包装紙で包んでリボンをかける…そんな毎日でした。
元々ギフトラッピングとか大好きだったので、お包みのクオリティとスピードそして正確さ…あの環境で鍛えられたのはある意味幸せでした笑
斜め包みで表現する祝儀/不祝儀も叩き込まれました。
百貨店の中ということもあり「のし」の需要も少なくなく、結婚式の引出物の数合わせ(割れない奇数にするための)に

Key Fob(当時 5,000円)を50個、内のしで!

そんなお客様が突然店頭に現れたり(注文の連絡とかなくていきなり笑)そんなこともありました。
のし紙の種類を選び → 結婚式なので 結び切り
表書きを筆ペンで → 引出物だから 内祝
名入れを筆ペンで → 夫婦連名?両家連名? 

9人も居るショップの店長 / 副店長に次ぐ年齢で、配属された瞬間から年長者の部類…
なので筆耕のおハチが回ってくることしばしば…
(筆耕とは言わないか…お金を頂いて書いてるわけじゃないから)
狭い店舗のバックヤードのお包みしてる傍で、人様の門出のお手伝い笑
思い出してもなかなか壮絶でした…おかげさまで鍛えられました。

COACH といえば、夫の財布。
まだ勤めている頃、プレゼントしたものですから…25年くらい経ってますかね笑
実は5年ほど前に、お直しに出してます。

ファスナーが刃こぼれしちゃって。
でも他はなーんでもない。
気に入ってるし 使い勝手もいいし 何より何ともないから勿体無いし。
勤めている頃に、修理も店頭で預かって承っていたっけ…
ふと思い出して調べたところ、まだ修理受けてたので(今でもやってる!)修理に出しました。
ついでにホックもゆるゆるになってたので、新しいものに取り替えてもらいました。
費用は、ちょっとしたお財布を買えるような値段でしたが、やっぱり馴染んだものはいいので…。
今なお現役!
やっぱり気に入ったものは長く使いたいですよね。


カバンのお手入れの話からずいぶん脱線しました…
懐かしいことをあれこれ思い出して。

最後までお付き合いありがとうございました。

思い違い

1990年代のミニは、新しいものと思われていますが違います。
確かに Mk1(1959〜1967)やMk2(1967〜1969)などと比べれば新しいの、と言えなくもない。
でも…
最終型(2000年)だって25年=四半世紀経ってるわけで。

決して新しくはありません。
Mk1 / 2 なんかに比べりゃ「若い」ってだけで。

店主こと私の年齢【今年66歳】と 女房殿の年齢【52歳】が埋まることはなく、いつまでも女房殿が私より「若い」っていうのとおんなじです…


何が言いたいかっていうと、若いとはいえそれなりに歳をとったので(1990年代のミニの話です笑)寄る年波、配線などの劣化はひと通りで、例えば車検で承っても一筋縄ではいかないことは多々、あります。

クーラーなんかついてるケ〜ス(高年式にはほとんど)は、作業するにしても外すものはワンサカだし、負荷も各方面にひと通り 次から次へとやることいっぱい。
エンジンベイがスカスカの1960年代のモデルの方が、よっぽども扱いやすかったりします。

過ぎゆく夏(とっくに秋なのよ)

7日が長夫の姉の祥月命日でした。
1日遅れですが、お墓へお参りしました。
あんまり暑いので、ひと通り用を済ませてから 6pm 頃に行きました。

この時間ともなると、流石に少しは暑さも落ち着いて。
ココは日陰がないので、夏の日中は大層辛いのです。

今日も仏花らしからぬ…でも秋らしく。
パンパス・女郎花(オミナエシ)・吾亦紅(ワレモコウ)・ピンクッション・スプレー菊2種。
あんまり仏花に菊は入れないのですが、9月9日は重陽の節句(菊の節句)ですから入れました。
オレンジを基調にした、
遠景には夕焼けに照らされた雲、ひぐらしの鳴き声に過ぎゆく夏を感じます。

地熱がいけないんだ

今朝(6時代)、洗濯ものを干していましたが、外はなかなかに爽やかで秋の気配といった感じでした。
そう思ったのも束の間、陽射しが照り付けて今日も午前から孫のプールの監視員でした笑
昨日あれだけ雨が降ったので、地面がしっかり冷えたんですね…
アスファルトなどで土が覆ってしまうのも、地熱が逃げない一因なんでしょう。

***
さて、今日も女子が全塗装に向けてドンガラをキレイにしています。

明日は友人と出かけるそうで。
なんだかうすら汚い爪は

「ネイルチップでカバーしちゃうもんね!」

と言ってます笑

ずっしり、秋の味覚

農家さんからもらったという、かぼちゃのお裾分けを頂きました。
カットでなく、丸ごと。
立派なので、くり抜いて中身で作ったスープ入れて…なんて一瞬考えましたが…
そう思ってその昔指を切って縫った苦い思い出があるので、そういうことはやめて全部食べちゃうことにします笑

何を作る?
やっぱり美味しいからスープ。
かぼちゃのポタージュ。
ある日の晩ご飯では温かいのを、その翌朝は残ったものを冷やしておいて冷製で。
クルトンは、ホームベーカリー焼いてる食パンをダイスに切ってトースターで炙りました。

実りの秋、まもなく到来。
美味しいものがたくさんで、ついつい食べちゃう季節。
…でも涼しくなる気配はなくて、食欲もまだ戻ってこない残暑厳しい9月の始まりです。

8月が終わる

 去年の今頃(8月の中旬〜2週間)は、孫の入院でてんやわんやでした。

昨年のまだ寒い時期、台所での監督不行き届きで指にやけどを負わせてしまい…
軽度ではなかったため、一部の指が曲がった状態で治っちゃった、という感じ。
指導の通り保湿しまくってたのですが、1歳児に指はなるべく伸ばすように なんていう理屈は伝わる訳もなく。
曲がったままでは指の成長に響き、奇形みたいになっちゃうと言われたので皮膚移植の手術を受けることになったのです。

幼児ですから全身麻酔、手術としては 1H30M 程度のものでしたが術後は2週間様子見で要入院。
相部屋の泊まり付き添いは禁止、と説明を受け仕方ない…個室なら泊まりOKだというのでまだ幼いし個室をお願いしました。
去年の8月は、娘が初個展終わらせた直後。
寝かしつけの時間は準備におおわらわのママに替わってジジババが担当していたため、入院して環境が変わったこともあり尚更「ママ」ではすんなり寝ないという事案(笑)が発生。
そこで2交代制のシフトを組み、日勤ママ 夜勤ばーば で乗り切ることにしました。

3pm 過ぎ、店から自宅へ戻り簡単に夕飯の支度。
430pm 頃、自分の夕飯と翌朝食になりそうなものを簡単に持って、自転車で病院へ。
汗だくなのですぐシャワーを浴びる…この頃、じーじ(夫)が面会に到着。
530pm頃、夕食が届けられる。
(このタイミングでママとじーじは静かに退却)
翌朝930am 頃、ママが自転車でばーばが作っておいた弁当を持って病院に到着、夜勤のばーばと交代。
ばーばは自転車で自宅へ戻り、昼食の支度をして店へ。

この繰り返しを約2週間、ケージのようなベッドで本人が一番頑張ったし、周りもよく頑張りました。

これはある日のママのお弁当。

ホントは大好きなじーじが泊まれる日があればよかったのですが、形成外科の病棟が小児科と泌尿器科の MIX フロアで、小児科は女性しか泊まれない、と…。
意味が解らず説明を求めると、小児科は14歳までカバーしているから年頃の女の子が病棟にいる可能性もあるので男性はちょっと…という返答。
フタを開ければ、食事の時間になるとナースステーションの前には、食事の介助が必要なお年寄り(多分泌尿器科)が車椅子で何人も並んでる…お年頃の女子の姿などついに1度も見ませんでしたがま、規則ですから仕方ない笑


夜勤のばーばは、ポータブルの手元灯とPC・仕事(主にお帳面)を持ち込み、患者(孫)が寝た後に暗闇で仕事してました笑

ちょうど会社が8月末が決算。
まさに今、鋭意取りまとめ中で1年前のことをいちいち思い出しながらやっています。
当分の間、毎年この時期になると入院中のあの日々を思い出すのかな…と思っているところです。