『教育者』はもういないのか

大学の機関で研究活動をしている方と、時々話す機会があります。
先日は日本語が乱れ壊れている件で、ひとしきり笑いそして揃って憂鬱にもなりました。

研究会で発表を聞く、その方のジャンルは『鳥』なのですが

「全く…鳥に敬語使っちゃってたり」

えー。
一介の大卒として思うのは、大学という高等教育の現場で更に深く学ぼうとする人たちには、
学びの最前線に身を置く身として、正しく表現してほしい。
少なからず、論文とか…残るよ?
でもその方と話すうちに、そこも問題だけど一番の問題は、初等教育で皆に等しく授けていないからだ、という考えに至りました。
日本語を多分、ちゃんと教えていない。

アメリカでは、作文の授業は2種類あるんだそうです。
論理的に書く
情緒的に書く(Literary = 文学的な)
論理的に書く方は特に説明いらないと思うんですが、情緒的に書く方は例えば何かの記念日に
お母さんに宛てた手紙を書く、とかそういうお題なんだそうです。
どちらも『文を書く』んだけど方向性は全く逆、かたや気持ちが伝わるように、かたや理論立てて。
人は経験の生き物ですから、トレーニングすれば

言葉は変化していくものだけど…
母国語くらいちゃんと使えた方がいいと思うけどなぁ。
自分がちゃんとしてるかって言ったら、決して模範的でもなんでもないのであまり言えませんが。
でも、自分の生まれた国の文化を正しく知って身につけるのは、外で通用する人材育成の近道だと思うのは私だけでしょうか。

***
娘が先生と呼ばれる立場の人から頼まれごとをして、1日で仕上げて提出したら

「いやー助かったよ、マジありがとう」

教育者はもういないのかな。

いつも迎えてくれた人

帰宅した私に、女房殿が
「ステージラリーを始めて10年だけど、ついに私が知ってる人がお星様になった」
え誰?今度は誰なの…?

Rally Isle of Man 2009

これは2009年、私が10年振りに海外のラリーに復帰した時、Rally Isle of Man です。
2日目の市街地ステージ、Castletown の中心にあるパブ(George Hotel)2階バルコニー。
階下にはこのステージの見どころであるモニュメントをかすめていくシケイン。
エントラントのプロフィールなどを交えながら実況しているところを、まだ私の隣に乗る前の女房殿が撮ったものです。
眼下はちょうど、こんな感じ。


Bob Milloy さん

名物インタビューアーで、BRC(British Rally Championship)のイベントをはじめ、我々が
毎年お邪魔していた Rally Isle of Man でも必ず見かける顔でした。
スタートですべての競技者を送り出し、フィニッシュで完走者をいつも迎えてくれました。
我々同様、走り切ったらあの顔あの声…と思ってきた競技者はすごい数でしょう。

2013年、コドライバーを女房殿にスイッチして臨んだ最初の年。
ラリー前からフィニッシュまで、都合5〜6日間両親にほったらかされてた娘が、女房殿に
ひっついてますね(小1)。
毎年、どんぶらこっことやってくる極東からのエントラントを、温かく迎えてくれました。
左端の車検委員、 Paul さんもいつもニコニコ。
彼らに会うと、あぁ今年もやってきたなと思ってたのに。

Rally Isle of Man 2013

この年も、

RallyIsle of Man 2014

Team Japan 4台体制で臨んだ、この年も。
我々クルーは、最終日ギヤボックストラブルに見舞われフィニッシュラインは通れず。
でも、けつっぺたがフィニッシュする時分にはどうにかグランドスタンド(スタート / フィニッシュ地点)に戻ってこられて、完走した仲間のインタビューに立ち会うことができました。

Rally Isle of Man 2015

この年は主催者からのオファーがあって、Team Japan 所属?の2人の小学生(当時)がスターター /プライズギブン のお手伝いをしました。
同じ場所でスタッフの真似ごとをさせてもらったわけです。

この時、9歳だった娘は今、15歳。
絶対ラリーやるって言ってるし、ココであなたに娘を迎えてやって欲しかった。
あと5年くらいだったのに。

会場で動き回る関係者を見回すとポロシャツやラフな姿の人が多い中で、ボブさんは必ず襟のあるシャツをお召しで、足下は革靴でした。
あと、商売道具であるマイクをあまり握り込まないようで、すらっと長い指がいつも印象的でした。

Rally Isle of Man 2016

またあなたに、フィニッシュラインで迎えて欲しかった。
当たり前だったことがもう叶わない、かなり寂しいです。
感染症のおかげで身動き取れない間に、大事な人たちがみんな彼方へ行ってしまう気がして。
そう言っているうちに、ひたひたと自分の順番は近づいていて。

Bob Milloy 1949 – 2022

スコットランドのモータージャーナリスト John Fife という人が運営するウェブサイトに、
ボブさんの生涯を簡潔にまとめた記事が載っていました

最後に、 BRC のTwitter を貼り付けておきます。
72歳、ちょっと早すぎ…
いつも温かく迎えてくれて、ありがとうございました。
私たちは、あなたの声を忘れない。

なんだか疲れた

大黒ふ頭へ。
午前中に2往復、我ながらようやりますなぁ。
先週工面したパレットの出番です。
トラックの荷台へは、フォークリフトで摘んでもらってきます。

明るいうちに、寒くならないうちに2台ともパレットに載せて、うち1台は置き場に仕舞ってきます。
マジいっぱいなんで…

いちご 大根 針仕事

定休日。
店主も従業員も野暮用。
稼働してる日になんざぁ、やってられんことは休みの日に。
グリーン x 紺 x 茶(どのみち地味…)リンクコーデになりました。

今年はいちごの出来が良くないのかな…あんまり美味しいいちごに出会えていません。
マーケットで一杯いくら、のいちごを求めていちごジャムにします。
煮込む、とかってお台所の『冬の活動』ですよね。

こんなにごそっとあっても、340g 入るビンに2つ分しかできなかった…けど、いちごと砂糖しか使ってませんからきっと美味しいはず。
次は、酸っぱくて仕方ないオレンジ?っぽいのを成敗します。
夏みかんのマーマレードも同様ですが、オレンジジュース少し足して作ってます。


大根は旬のピークを越したのかな…マーケットでうず高く積まれていますが、だんだん1本1本が小さくなってきました。
とはいえまだまだみずみずしいし、まだまだ寒いし、ハフハフ食べるふろふき大根の支度を。
大根を剥くと皮が出ますよね(当たり前)。
我が家では大根の皮も頂きます。
気持ち水分を飛ばして、ごま油で香ばしくきんぴらにします。

七味とごまは定番。
我が家では海苔を手で細かくして和えます…お醤油味に合わないわけありませんよね!

ってことで、ふろふき大根の支度もできました ♪
あとは、手前味噌をお出汁で伸ばして、甘く仕上げて頂きます。

今日の夕食は夫の担当…そう、餃子です。
餃子の日は基本、何もしません笑
ニラを刻むくらいしてあげる日もありますが…
何せ包ませたら、私が1ヶ包む間に3ヶは出来上がってますから、全部やってもらうが一番。
ぜーんぶやってもらってるので(やったことは食べることだけ)画像すらありません。

***
洗い物は私がして、夫は娘と映画鑑賞。
私は横目で見ながら…半襦袢に半襟をつけていました。

半襟は基本 白ですが、松坂もめん(天然藍で先染した糸で織った木綿)に合わせるので、
おうど色の半襟をつけてみます。

しんしんと雪が降ったりしているわけではないけど、冬の夜長に針仕事 ちょっと好きです。

【 再掲 】我が家のお雛様は「左上右下」

昨年、師走の手前でウェブサイトがすっ飛んで。
店主の家の習慣なども好きに綴っていましたが消えたので、懲りもせずまた。
今日は我が家のお雛様の飾り方。

我が家は向かって右に男雛、左に女雛と飾ります。
私がそうしたくてしていることですが、関東は反対のことが多いです。

左上右下(さじょううげ)
飛鳥時代、唐の国から伝わったとされるこの考え方。
日本の伝統的な礼法の一で、北に座す不動の北極星を背にした時に、どっちが上座か…
北を背にすると太陽が昇ってくる東は『左』。
よって左のほうが位が上、と考えます。
もっと言うと…
東は日が昇る(=物事が始まる)→ 春 とか
それぞれ方位を司る四神(しじん:方位を司る神)がいて…
説明が面倒なので、ざっくりすぎますが抜粋!

こうやって見ると、さりげなく聞き覚えのあるものがちらほらないですか?
『青春』『白虎(隊)』『(北原)白秋』『朱雀(門)』…
皇太子のことを東宮とも呼びますが、帝より若くこれからの世代だから。
春宮でも「とうぐう」と読ませます。
大相撲の土俵とその吊り屋根も実は、五行が反映されています。

東に緑(青)の房
南に赤の房
西に白の房
北に黒の房
そして中央(土俵)は黄色

日本でもずっとその考え方できましたが、明治時代になって皇室が西洋の様式を取り入れる
ようになり、右が上( right = 右 / 正しい ですよね)の考え方が台頭してきた、というわけ。
京雛は 左上右下
関東は 右上左下
いいの、我が家(私)は昔ながらの礼法に則って飾ります。
ゴチャゴチャしていてあいすみません…でもココは皆がいつも居る場所なので。

この立雛は私の得意技、吉野雛です。
友人に姫が生まれた、ってぇと取り寄せて贈ります。

2016年、マン島の首都ダグラスの市長さんを表敬訪問した時も、貢ぎ物にしました。
当時の市長さんがラリースト+ミニのエンスージャストで、あちらから人を介してお声掛かりが
あったのですが…
面会はレッキ(ラリーで使うステージの試走)の合間で調整、ジャケットこそ羽織っていた
ものの、明らかに迎える側(市長と令夫人)と装いに差が…
これは、私としては和装で望むようなことだったんじゃぁ…
(聞かされてなかったし、話を取り次いでくれた人もシャツにスラックスだった笑)

ダグラス市の紋章など頂いてしまい…
吉野雛に救われました。

***
これは過去の写真です…まだ出してない笑
早く出さなきゃ、拙宅の姫が行き遅れちゃう!(あ、それは仕舞う時か)

もう、出尽くしたかな

やーれやれ配線からテコ入れしまして、そろそろ出尽くした感じです。
スッキリ、次のオーナーに渡せます。

インジェクションシステムも調整。
白 / 黒 でケージが入って…なかなか強そうです。

内陸は雪でした

え、こんな日にどこに居んの?

相模の陸事に来ています。
内陸はさすがに昼前から雪模様でしたが、幹線道路に積もるような気質の雪ではなく。
いつも以上に閑散としている相模…

ここから左を見ると、建物に時計が ❤︎
気が利いてるね〜!と思ったのも束の間、止まってた笑


登録して、納車して、店へ戻る道中はずっと雪でした。
この辺りでは、1月6日の雪ほどにはならなさそうです。
女房殿に、足やってもらってよかった。
(電車、年に数えるほども乗らないので…)

ミラーも付いて

MV Agusta ミラーが付いて、いよいよ最終段階。
到着後1度徹底的に磨いていますが、改めてキレイ担当がキレイにします。

イギリスのバイクと違うんだよなぁ…なんていうか、小洒落てるんだな…。

***
次の乗り手を探している車たち(商品車)をアップしました。
根掘り葉掘り、ウェブサイトで触れるのはやめにしました。
ご興味ある方は、是非お問い合わせください。

出発日未定ですが

パスポートの期限が迫ってきたことに気付き、慌てて手続きに行きました。
こんな時なので予想通りガラ空き!11am 頃にパスポートセンターへ入ったのに、整理番号は

“30”


ガラーン

ありえなーい
今は、予め申請用紙を入力 ➡︎ 出力できます。
楽ちーん

今、パスポート申請 / 更新 狙い目です!
(って、必要なけりゃ要らないし、期限が迫らなきゃ更新しないか笑)

1つ失敗。
ハイネックのセーター着て行った…
首が見えないといけないんだそうですやっちまった。
(内側へ折り返して事なきを得ましたが、だったら丸首のセーター着ていくんだった…